このままでは、銀行は有価証券などの資産売却、貸出の削減をせざるを得ない。そこで増資を迫られている。とくに三菱UFJや三井住友が切迫していることは以下の自己資本比率の表から明らかであろう。
通常、国際的に業務を行う銀行に課せられている自己資本比率(現行はリスク資産に対する自己資本の比率 自己資本は中核的自己資本tier 1と補完的自己資本tier 2とからなる tier 1≧tier2 という規制がある 有価証券含み益はその45%までをtier 2に計上できる 含み損はその60%をtier 1から控除する必要がある リスク資産の現行の定義は本項の最下段にまとめておく)は8%以上と言われるが、実際には10%以上が求められる水準となっている。
そのことを念頭に以下の表をみると、三井住友はすでにギリギリであり、三菱UFJも余裕はない。増資に対する批判があるとしても、そうした批判を招くことは諦めて決断せざるをえない状況にある。
name | 07/09 | 08/03 | 08/09 |
三菱UFJ | 12.95% | 11.19% | 10.55% |
みずほ | 12.19 | 11.70 | 11.45 |
三井住友 | 11.46 | 10.56 | 10.25 |
三菱UFJFGは約1兆余りの増資計画を明らかにしている。
2008年11月18日に発行したのは優先株3900億円。日本生命、明治安田生命保険、T&DHLなど三菱UFJと親密な大手生損保が引受。18日にはこのほか6000億円の公募普通株増資を内外で実施することを発表した。
この増資について生損保の引き受けについては実質持合いとの批判があり、普通株増資については株価を押し下げるとの批判がでている。
三菱UFJは、米地銀ユニオンバンカルコーポの完全子会社化、消費者金融アコムの連結子会社化、モルガンスタンレーへの90億ドルの出資など1兆数千億円の投資をまとめたばかりであり資金ニーズが高いことは理解される。しかしその負担を市場にさや寄せして、普通株増資を行うことは、現在の市場環境からは犯罪的といえる。市場に対する背信であるとともに、三菱UFJの株主に対する背信行為である。それは確実に株式の希薄化になり、株価を押し下げるからである。
他行が優先出資証券の発行で株式市場への影響を最小化しているのに比べて、市場の反応に強気であることが感じられるとともに、傲慢な感じさえ受ける。
なぜ三菱UFJ銀行がこうした判断をできるのかはまったく理解できないところだ。
みずほFGはサブプライム関連の損失が響いている。08年03月期で4470億円の巨額損失。旧興銀系のみずほ証券ロンドンが出した損失とされる。興銀の投資銀行体質が、巨額損失の原因になっている。
2008年11月13日の発表では年内にも円建て優先証券を発行する(最大3000億円とされる)。
この優先出資証券には普通株への転換権がない。これは普通株の希薄化を避ける措置。
発行相手は親密保険会社など。他方で自社株買いはしばらく休むようだ。4000億円の購入枠を設定して1500億円は実施済み。
そもそも自社株買いは2003年春に発行した9430億円の優先株が7月から普通株に転換可能になったことをにらんだ措置だったが、幸い転換価格が2008年4月から5月にかけての株価で決定されたので、おそらく割高。転換はしばらく進まないとみているのではないか。
なお優先株のまま保有すれば1株につき2万円の配当。非上場証券なので時価評価の必要もない。
三井住友FGでは過去に発行した優先出資証券が償還を迎える。09年1月に2800億円。09年06月には3400億円。それを考慮すると資本力の強化を急がざるをえない。
そこで2008年11月18日の発表では最大で4000億円の優先出資証券発行に踏み切るとのことである。
すでに08年7月18日払い込みで13億5000万ドルのドル建て優先出資証券を発行したが、その配当率が9.5%という高額レートであったことが話題になった。これは三井住友に対する国際的な評価を示したレートであるがショッキングな高さであった。
自己資本比率規制におけるリスクウエイト(%)
銀行に対する自己資本比率規制(バーゼル規制あるいはBIS規制)は、リスク資産に対して一定比率以上の自己資本保有を義務付けるもの。分母のリスク資産の計算は信用リスクアセット+市場リスク×12.5倍(:国際基準8%の場合)。
表の中で100というのはそのリスク資産を算定する掛目が100%つまりそのままの金額がリスク資産になるということである。表に見られるように最近07/03期から、その数値が変更されている(国際基準で8%、国内基準で4%という現行BIS規制:バーゼルⅠは1988年の中央銀行総裁会議で合意され、日本では1992/03期から本格実施されている。1996年からは市場リスク規制が考慮されるようになった。その後BIS規制見直しの議論が進められ、2005年に最終案:バーゼルⅡが公表され、07/03期から本格実施されている)。つまり数字は監督当局からみたリスクの大きさを示している。
逆にいえばこの数値の小ささは監督当局が資金の流れを期待しているところだといえる。
これまでは同じ区分の与信先には同じリスクウエイトが採用されていた。証券化など新たな取引に対応できていない。金融機関のリスク管理の実態とかい離している。対応しているリスクが信用リスクとマーケットリスクに限られている。
信用リスクのとらえ方を精緻化。
オペレーショナルリスクにも対応(分母に市場リスクにオペレーショナルリスクを加える)。
標準的手法のほか内部格付手法(内部格付手法は、デフォルト確率だけを銀行が推計するものと、デフォルト時損失率等も銀行が推計するものとに別れる)を認める。
関連情報の開示で市場規律が働くようにする。
BIS規制見直しの方向性
リスク計測の精緻化(第一の柱)
銀行自身による自己資本戦略の策定と監督当局によるレビュー(第二の柱)
開示の充実と市場規律(第三の柱)
標準的手法におけるリスクウエイト
項目 | 06/03期まで | 07/03期より |
証券化商品 | 100% | BB+以下350% or B+以下と無格付け 自己資本から控除 |
一般事業債 株式 | 100% | 100% |
住宅ローン | 50% | 35% |
金融機関向け債権(OECD加盟国) | 20% | 20% |
公団・事業団の債券、政府系金融機関債券(OECD加盟国) | 10% | 10% |
国債 地方債 政府保証債(OECD加盟国) | 0% | 0% |
貸出 | 100% | 100% or 格付けにより20-150%* |
標準的手法の精緻化
B格以下90日以上延滞先 | 150% |
BBBプラス-BBマイナス 格付けなし | 100% |
中小企業(残高1億円未満) | 75% |
Aプラス‐Aマイナス | 50% |
AAA-AAマイナス | 20% |
サブプライムローン問題とBIS規制
以上のようにバーゼルⅠからバーゼルⅡへの移行によって大きな変化が生じている。ところでこうした規制の存在、資産によるリスクウエイトの違いが、米国の銀行をして、住宅ローンの売却に進ませたという指摘がある。
すなわちAAA格の証券化資産に対するリスクウエイトが20%と、住宅ローンに対するリスクウエイトである50%(現在はバーゼルⅡで35%に引き下げ)より低かったことが、ローンを売却して自らは住宅ローン債券MBSの投資家に、アメリカの銀行となった理由だと、小林・大類(2008)は述べている(これはバ-ゼルⅠとバーゼルⅡの議論が一緒になっている。アメリカではAAA格の証券化資産に対して20%の軽減リスクウエイトが先行して採用されていたのか、議論がわかりにくい。おそらく軽減リスクウエイトが採用されていたということであろう)。「逆の言い方をすると、ローンのままだと[自己資本比率規制4%の国内銀行の場合、リスクウエイトが50%なら]50倍のレバレッジしかかけられないが、[AAA格の]MBSであれば125倍のレバレッジをかけられることになる。」(小林正宏・大類雄司『世界金融危機はなぜ起こったか』2008, 104-105)。
そしてこの議論が成立するもう一つの根拠は、住宅ローン債権の劣後部分から銀行が距離を保てたからである。それはローンのオリジネータが銀行ではなく、モーゲージバンクだという形をとれたからでではないか(参考同前掲書)。オリジネータが銀行である限り、証券化しても劣後部分が本体に残り、実態的にリスクから銀行は解放されなかった。
江川は無格付けの劣後部分は自己資本から対応額を自己資本比率の計算をするときに控除することになるので(これはバーゼルⅡの規定)、証券化に伴って劣後債を保有していると、銀行の自己資本比率が低下する矛盾があると指摘している(江川由紀雄「サブプライム問題の教訓」2007, 208-212)。
つまり少し過去について以上の議論の妥当性を見る場合には、バーゼルⅡの内容が、どの程度先行して銀行に採用されているかを検討する必要がある。
なお自己資本比率規制によって、景気の振幅が大きくなる効果(pro-cyclicality)も最近の話題の一つである。
2008年11月には自己資本比率規制の緩和措置=弾力化措置(国内基準行に対して株式等の評価損をTier1から60%控除するべきところ
反映させないことを2012年3月期決算までの期限をきって認めるなど)がとられ、合わせて中小企業金融対策がとられている。
信用保証協会の緊急保証制度
BIS自己資本比率規制の歴史
Written by Hiroshi Fukumitsu. You may not copy, reproduce or post without obtaining the prior consent of the author.
Corrected and Reposted in Feb.13, 2009.
財務管理論講義 財務管理論リンク 証券市場論講義 証券市場論リンク
back to the top