Entrance for Studies in Finance

包括金融緩和決定(2010年10月)とその後の日銀の金融政策

Hiroshi Fukumitsu

判断ミス・小出しが続く日銀の政策決定(2010年8月)
 円高が加速するなか政策効果への疑問(白川総裁自身が懐疑派とされる)から、政策を小出しにして実質的には何もしない態度を決め込んできた白川日銀に対する不満は、政界・産業界そして学会にも極めて強かった(なお日銀OBによる擁護論がある)。
 政策効果のほか、中央銀行の役割についての問題もある。中央銀行は物価の安定だけという考え方(中央銀行は通貨価値の安定を心がけるものであって、雇用や経済成長などは政府の経済政策の問題という考え方)に対して、物価の安定のほか、雇用の安定、金融システムの安定などを、中央銀行のあらたな使命に加えるべきだという議論も繰り返されている。日本銀行は、こうした議論も承知しながら、物価の安定を第一に考える伝統的な立場を守ろうとした。2010年8月10日 日銀は追加的金融緩和を見送ったが 同日FRBは追加措置を決め(国債の買取拡大をしたが、これを日銀は金融緩和措置ではないと説明。その保身的姿勢、自己弁護的体質も批判を浴びた)、円相場はその翌日 約15年ぶりの高さ84円72銭まで上昇。日銀が無策を決めたために直接、目の前で円高が進行する結果になった。
 その後、管首相と白川総裁の会談が報じられるや日銀は、政治圧力に屈して金融政策が変更された形になることを嫌って、会談を逃げ回る醜態を演じた(8月22日にようやく電話会談)。日銀の独立性が何より大事だというこうした行動は世間からみれば滑稽だ。日銀の立場で考えても、政府と意見交換してもなんら支障はなかったのではないか。

  円相場 2008年度平均 100.64
2009年度平均  92.85
2010年7月   87.72 
2010年8月   85.47
2010年9月   84.38 

 その後、日銀は8月30日の臨時政策決定会合で固定金利オペによる資金供給額を(2009年12月から期間3ケ月の資金を年0.1%で供給 今度は期間6ケ月物 供給枠10兆円を新たに導入のうえで⇔9月1日に初回実施)20兆円から30兆円に増額。(既存の政策の量を拡大しただけで、ゼロ金利政策zero interest rate policy:ZIRPあるいは量的緩和政策quantitative easing policyをなお避けた)しかし市場は従来と同じ手法でかつ小出しの政策に、予想の範囲内として関心すら示さず(一段の追加緩和を見越して応札に慎重)円高は進行を続けた。9月15日には円が82円87銭まで上昇。政府・日銀が2兆円規模の為替介入を実施。これで日銀はようやく行動を決断した。10月5日に量的緩和とゼロ金利の復活を柱とする金融緩和を決めたのである。背景にはデフレ長期化への危機感があった。
 なお8月末には成長基盤強化のための新しい貸出制度がスタートしている(新貸出制度 2010年5月21日の政策委員会・政策決定会合で決定 金融機関の18の成長分野への融資実績に応じて年0.1% 期間1年の資金を供給するというもの 貸出枠3兆円 1金融機関上限1500億円。原則1年最長4年 受付期限2010年3月末 詳細は6月15日の金融政策決定会合で決定 2010年9月6日貸付開始)。

2000年8月11日のゼロ金利解除に続く2010年8月の日銀の失策
今回の経緯は、2000年8月11日 日本銀行は政府の反対を押し切ってゼロ金利解除を強行して、当時回復していた日本経済を中折れさせたこととを人々に想起させた。日本銀行への批判は当時これまでになく高まったといえる。日本銀行には、自分の判断。つまり中央銀行の判断が絶対だ、それを政府の要望で変更すると独立性を害するという判断があるようだ。しかし金融政策の独立性という美辞は結構だが、中央銀行といえども判断を間違えることがあるとすれば、どうするのか。この失策のあと、日本銀行は量的緩和政策(2001年3月から2006年3月まで)に入ったのである。
 今回2010年8月10日のケースでは日銀の誤った決定により円高が亢進した。その結果責任は重大だ。
 なおゼロ金利・量的緩和への復帰を行ったとしても、企業の借入意欲がなく、また銀行が貸出で収益を上げられないようでは、貸出は伸びない。むしろ銀行の貸出意欲をそぎ、淘汰させるべき企業(供給力)の温存につながり、利子所得の消滅で消費をも減らしてしまうとの議論(ゼロ金利批判論)がある。しかし半面で、日本銀行の政策決定が、日本経済に作用してきたことも事実である。もはや効果(借入から投資・所得の拡大へという)があるなしではなく、日銀が果断に政策を打ち出し、中央銀行としてその行動に説明責任を果たしているかが問題となっている(効果があるなしではなく、日本銀行の姿勢が問題にされている)とみるべきだろう。

2010年10月の「包括緩和」決定
 今回の日銀の金融緩和策決定で米国が追加緩和に動きやすくなったとされる。実際にはその余裕をつくること(米FRBの露払い。11月2-3日に予想された米FOMCの本格的量的緩和策決定に先手。)が狙いではなく、日銀としては追加措置をにおわせていたFRBの後手に回ることをかろうじて避けることができたというところだろう。つまり2010年8月の判断ミスを繰り返さないために、2010年10月の政策決定に全力を注いだということだろう。
 2010年10月5日の金融政策決定会合で日銀は政策金利(無担保コール翌日物)を年0.1%から0-0.01%に引き下げゼロ金利を容認する追加金融緩和を決めた(4年3ケ月ぶりのゼロ金利政策復活)。ゼロ金利は2006年7月以来で、1%程度の物価上昇(消費者物価上昇率が2%以下のプラスで中心が1%程度)が見通せるまでゼロ金利を継続する(⇔一種のインフレ目標? 時間軸政策の明確化 低金利の持続観測が生まれることが効果)。ゼロ金利政策の効果に懐疑的とされる白川日銀総裁も、緩和姿勢を印象付けることは容認した形である。
 また国債や社債など新たに5兆円規模の資産の買取も決定して、そのための基金(資産買い入れ基金)を創設するとして、量的緩和政策の復活を印象付けた。
 国債 CP 社債 指数連動型上場投信 不動産投信などの金融資産を1年かけて買い取り(⇔2006年に解除した量的緩和の復活)。
 前回2001年3月から2006年3月までの量的緩和は、日銀当座預金残高が目標。5兆円から開始して30-35兆円程度に。購入対象は長期国債、資産担保証券など(この間 2003年1月から2004年3月にかけて総額35兆円の円売りドル買いの為替介入も実施された)だった。
 今回2010年10月(11月?)からの量的緩和では目標は基金の規模。固定金利オペと合わせて35兆円程度。購入対象は長期国債、社債、ETF,REIT,短期のABSなどというもの。固定金利オペ(既存総枠30兆円 期間3ケ月で20兆円 期間6ケ月で10兆円 年0.1% 期間が長め?の金利の押し下げ狙う)と合わせて+5兆円の資産買い取りで計35兆円の基金を創設。
 長期国債、社債の買取は残存機関1-2年程度(期間1-2年程度の金利を幅広く押し下げることを狙う)ETFやREITの購入は禁じ手(リスク資産購入)に踏み込んだもの(金利を押し下げリスクマネーを呼び込む戦略とのこと)。日銀はようやく財政政策を補完する責任を認めた形である。 
 基金での長期国債の買取を銀行券発行残高を上限とする銀行券ルールの対象外になった。

包括緩和
今回の緩和策では 「ゼロ金利」「量的緩和」への復帰・再導入、「時間軸政策」の強調、さらに購入対象資産拡大による「包括緩和」など非伝統的金融政策をすべて並べきった感がある。すでに直前の9月15日に、先進国にとり禁じ手ともされる為替介入に政府・日銀は追い込まれている(包括緩和は当初はさまざまな買い取り資産を並べたことから名前がついたが、やがて政策的にもさまざまな方策を並べた意味にも重ねて、つまり今回2010年10月の政策全体の名前として意識されるようになった)。しかしこの状況に至ってても日銀らしい慎重さが見え隠れしている。たとえばリスクのある投資は日銀の自己資本5兆円の範囲が限界というのが日銀の考え方。市場は長期国債買い増しを期待していたが今回そこには踏み込んでいないなど。現在は年間21兆6000億円の長期国債買い入れ。日銀の総資産の大きさは2010年9月末で121兆円 名目GDPの26%相当する。10年物国債利回りが1%を割り込み緩和の方法は限られる(金利下げ余地がほとんどない)ことも事実だ。

2010年11月5日 金融政策決定会合で未決定部分を確定。包括緩和は順次実施へ 
 資産買い入れ等の基金による国債の買取実施とETFとREITの基本要領を決定 国債の買取を11月8日からとした。
 今回の包括緩和政策には、規模が不十分で効果は限定的との批判がある。しかし従来より損失リスクの高い資産の買取に踏み切った点は注目される。もちろんすでに資産担保証券などの買取の実績がある。今回はETF REITに踏み込んだ。円高阻止できなくても株価値下がりを避けたい?という政策だとの評価がある半面、日銀のバランスシートが傷み 国庫への納付金減少 円の信認低下につながると包括緩和を懸念する議論もある。

名目GDP成長率 2009年度 マイナス3.6% 2008年度 マイナス4.2%
   2010年4-6月 マイナス2.5%
   CPI 2009年度 マイナス1.6% 2008年度 プラス1.2%
2010年7月 前年比 マイナス1.1%
2010年8月 前年比 マイナス1.0%

11月8日包括緩和策始動 残存期間1-2年の長期国債買取(来年末までに1兆5000億円 1回あたり1500億円)(市場規模67.8兆円 2.2%) 円相場に影響が強い期間2年程度の金利の低下が狙い
       国庫短期証券(2兆円)(市場規模110.8兆円 1.8%) 11月中
12月に入るとほかの資産買い取りを開始する(2011年末までに完了する) 
  社債5000億円(市場規模5兆円 10%)(残存期間1-2年 トリプルB以上 償還まで1-2年程度まで)(過去2009年はシングルA以上 償還まで1年以内だった)*
  CP 5000億円(市場規模9兆円 5.6%)(a-2以上)(過去2009年はa-1のみだった)
  つまり社債・CPで合わせて1兆円
**やや専門的であるが格付けの低いところまで対象を拡大した。野村の町田哲也氏はつぎのように2009年の政策を評価している。「日銀が金融政策の一環として、初めて一般事業会社の社債購入に踏み切ったのは2009年3月である。この時はA格相当以上の社債を対象とし、ほぼ月1回のペースで買い入れが実施された。対象を残存1年以内に限定し、上限を1兆円としたことから、当初はその効果が疑問視されたが、購入ターゲットを無担保コールレートの誘導目標40bp(残存6ケ月以内)と一律に設定したことから証券会社の応札が集中。在庫を減少させた証券会社にビッド余力が回復したことで、仲介機能を失いつつあったクレジット市場が流動性を取り戻す契機となった。」町田哲也「BBB格社債を対象とする日銀資産買い入れの意義」『金融財政事情』2010年11月8日, p.26 そのうえで本年度のBBB格債の発行がBBBプラスにかたより、数年前であれば主体であったBBBあるいはBBBマイナスの銘柄が少数にとどまっていること、格付けで下位企業になるほど、負債構成が短期化し、長期借入も担保付きが増えるなど、強い財務上の制約を受けていることを示している。日銀が直接リスクマネーを供給するうえで買い入れ対象の拡大は、「リスクマネーを浸透させる強力な政策手段を獲得すること」を意味すると町田氏は述べる。前掲論文, p.28.
しかし同じ金融財政事情は約1け月後、日銀による社債買い入れを踏まえて国債と変わらない利回りで社債が日銀により購入され、社債が国債になったと市場で揶揄されていることを伝えている。日銀発のクレジットバブルだと。発行体の起債意欲は高まったものの、利回りの低下に投資家は悲鳴をあげているとも。「社債が国債になった日 日銀買い入れでクレジットバブル発生か」『金融財政事情』2010年12月20日, pp.6-7
 なお歴史的にたどると、まずCPについては現先オペの対象にする問題(1989年5月)があった。そこからABCPへの拡大(2002年5月)。CPや社債を担保とした企業金融支援オペの導入(2008年)、そしてさらにそれを買い取りの対象にしたうえで(2009年)さらに買い取り対象を広げたということになる(2010年)。

 短期金融市場年譜(セントラル短資)
 オぺ明細(東京短資)

年内に開始 10月28日に認可取得 年内開始
 ETF 4500億円(市場規模2.3兆円 20%)(日経平均 TOPIX連動型)
 REIT 500億円(市場規模1.6兆円 3.1%)(ダブルA以上)
なおこの発表を受けて、日銀購入を先取りして、REITでは法人など地方銀行の売買が増加。ETFでは外国人売買が増えるなどの変化が見られた。REITについては相場の押し上げ効果も指摘された(「日銀購入で投資動向変化」『日本経済新聞』2011年1月19日)

日銀金融政策の出口について
日銀がCP買取を決定
非伝統的金融政策
教科書的には中央銀行が政策目標としているのは、短期金利である。しかし、中央銀行は、たとえば長期国債買い入れを時間軸で進めると言った場合、長期金利をも抑制することでイールドカーブのフラット化そのものを意識しているのではないかという解釈がある。これは注目してよい指摘である。
佐野一彦「日米の中央銀行が意識するイールドカーブ・ターゲットの効果」『エコノミスト』2010年11月16日, pp.84-86.また短期だけ極端に下がった状態では金融機関による国債運用が、流動性リスクの高い中期にシフトするとされる。つまり国債消化、国債管理上も、さらに金融機関のリスク管理上もイールドカーブの形状は問題であるようだ。「オンレコ オフレコ」『金融財政事情』2010年11月15日, p.9.


 しかし 政策金利である無担保コール翌日物金利がその後低下していないこと。
 買い入れ長期国債の大幅増加に踏み込まないこと。
 目標インフレ率が明示されないこと。
 リスク資産買い取り額が少額にとどまっていること。
 これらを上げて、デフレ脱却に向けた金融政策としてなお不十分との指摘がある。(「包括的金融緩和策」の限界 『日本経済新聞』2010年11月18日p.17)
 10月5日のあと無担保コール翌日物は0.08%-0.09%台で推移(低位安定)。12月下旬に至り、0.079%と0.08%割れとなった(4年5ケ月ぶり)。
 12月28日には共通資金供給オペで札割れ(予定額>応札 8000億円に対し5984億円)。札割れは即日供給オペを除くと11ケ月ぶり。資金余剰感を反映。(札割れの前の現象としては応札率の低下)

なお日本銀行が2011年に行った主要な政策措置は以下のとおり。為替介入との連携が強まっている(2011年12月5日追記) 
 資産買い入れ基金による買い入れ(固定金利オペ枠30兆円と合わせて総額35兆円と表現される)を2010年11月から順次実施。
 2011年大震災後 東日本大震災を受けた被災地支援のための資金供給オペ(3月14日 過去最高の15兆円を即日供給 CP・社債などの資産買い取りの増額も同日決定 その後も潤沢に大量供給続け市場安定につくす)。(その後、3月18日に行われた為替市場への介入は、金融措置としても理解された。その経験は8月4日 10月31日とその後繰り返された。)
 3月22日の日銀当座預金残高41兆6200億円(過去最高は2004年3月末の36兆3600億円)。
 年度末(2011年3月末)をまたぐ資金供給は54兆8000億円(過去最高は2001年3月末の52兆6000億円 2010年3月末は40兆9000億円) 
 大震災後、資産買い入れ基金の積み増し。5兆円。
 被災地の金融機関向けの新貸出制度(2011年5月創設 期間1年 年0.1% 当初予定は10月まで 毎月1回入札 最大1兆円)
 成長分野支援貸し出し制度の拡充(2010年秋に運用開始 4半期ごとに入札 環境エネルギー・医療介護・インフラ・地域再生など18の分野に年0.1%の低利資金供給 原則1年 最長4年 5月末までに貸出枠3兆円がほぼ埋まる:新型融資の普及に一定の成果 金融機関のリスク回避姿勢変わらず 優良大企業向け低利資金供給にはなるが成長企業への資金供給につながっていない 政策金融でやるべきで日銀の仕事ではない との批判⇒2011年6月に新たに5000億円分追加 動産・債権担保融資・出資などに対象限定 市場そのものが未成熟との指摘 中小企業 ベンチャーなどへの融資拡大に狙い 原則2年 最長4年)⇒2011年8月末運用開始。
 資産買い入れ基金の増額(2011年8月4日)。5兆円。なおこの決定と同時に固定金利オペ枠を5兆円拡大。基金の規模は、合わせて10兆円の拡大で50兆円となった。この介入と同日行われた為替市場への介入との関係は政府との連携として注目される。
 資産買い入れ基金の増額(2011年10月27日)。5兆円。買い入れ基金の総枠は55兆円に増加。なおこの追加的金融緩和と10月31日以降11月上旬までおこなわれた為替市場への介入との関係も注目される。

Written by Hiroshi Fukumitsu. You may not copy, reproduce or post without obtaining the prior consent of the author.
Originally appeared in November 19 2010.
Corrected and reposted in Dec.5, 2011.

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