Entrance for Studies in Finance

サブプライムと空売り規制

日本政府・金融庁の怠慢
日本政府は2007年から2008年にかけての株価暴落の中で、先進国の中で唯一、空売り禁止規制に踏み切らず株価の値下がりを放置した。空売り規制を強化しなかったひとつの理由は、現在の日本の空売り規制は国際的にみて厳しいというもの。
また空売り規制によって、株価水準を維持したり高めたりはできないというもっともな反論も知られる。 
 そして後付けの理由としては、禁止の法的権限が明確でないというもの。しかしこれほど馬鹿げた理由付けはないだろう。非常時の規制というのは、通常は政省令の整備を待たず現行法の解釈で、行政府の責任で乗り切る問題のはず。政省令の不備を理由に禁止を渋るのは、禁止しなかったことの責任を回避し、禁止規制発動を温存するための悪知恵に過ぎない。世界各国が空売り禁止をどのような法的権限により実施したかを検証すれば、おそらく現行法の解釈で行っているはずで、対応した政省令が整備されていたわけでは必ずしもないはずである。
 しかし行政当局(日本政府・金融庁)の売り(引いては空売りで儲けること)を容認する姿勢は、他の先進国に比べて大きな株価下落となって表れた。なぜ他国より激しい株価暴落に対して空売り禁止で臨まなかったかは全く説明がつかず日本政府・金融庁の怠慢と責任は厳しく追及されるべきだろう。非常時には、空売り禁止規制を時限を限って各国で足並みをそろえて実施することが望ましいと私は考える。
 なお現在の規制はアップティックルール(02年3月導入 直前の約定価格以下での空売りの禁止。2002年9月には50単元を超えた信用取引の売りにも適用。また証券会社に対しては空売りの明示と確認の義務付け)それまでは1998年10月導入の、直近の約定価格未満での空売りを禁止するダウンティックルール。
 2008年10月29日。日本政府・金融庁は内閣府令を改正。naked short selling規制(株の手当が不要な空売りの規制)を導入した。これは空売りにあたって株券の調達を義務付けるもの。米国ではすでに7月21日に導入されていたものである。日本は米国より株価下落が激しいのに米国に遅れること3け月あまり。日本政府・金融庁は3け月なにをしていたのか。金融庁の無策ぶりは目に余るものがある。10月30日(木)から来年3月末までの適用。
 しかしこの規制についてはそもそも日本ではこの取引は少ないとの批判がある。
金融庁のあまりの無策への高まる批判に対応して10月31日に金融庁は内閣府令を改正。大量空売りの情報開示義務を定めた。これは発行済み株式数の0.25%以上の持ち高がある投資家を対象に規制するというもので11月8日から実施。
 これは10月14日に公表された証券取引所による業種別の空売り比率の公表(10月17日より実施)と同じく、開示規制の強化に関するもの。
 そして今後は空売りを禁止できる根拠条文を政省令に整備することを検討するとしている。しかしこの検討自体がこれまで禁止命令を出さなかったことを正当化するための詭弁に過ぎない。最初に行うべき禁止が最後になってなお後回しになっている。政策手段を順に繰り出し、厳しい措置をあとに残そうとする官僚的思考が結果として、事態の悪化を招いている。これは2008年10月日本銀行が金利引き下げを逡巡して、円高・株安の進行を許し日本経済の傷口を広げた問題とよく似ている。もっと早く禁止規制をなぜ行わなかったのかは疑問として今後も残るだろう。

 ところで米国では2007年6月にアップティックルールを廃止。規制を解除した方が市場が効率的に機能するという考え方が強まっていたが、今回そうしたイデオロギーは全否定された。市場というものについて規制解除がともかく好ましいとするイデオロギー的な主張が多いが、こうしたイデオロギー的な硬直的な考え方は、市場というものに基本的な誤解があることがはっきりした。
 市場は安定する方向に動くものではなく、ときに暴走するものだという認識が広がったのである。いわゆる市場均衡論的な見方は基本的に間違っており、暴走を食い止めるには市場を監視する仕組み(情報開示の強制)と、ブレーキ(価格規制や禁止命令など)が必要であることが広く共通認識になったといってよい。
 2008年10月2日 証券監督者国際機構IOSCOも、空売りが市場の信頼が失われている中では、市場を誤った方向に導く道具ともなりうるとして規制強化の動きに理解を示した。
 機関投資家など民間の側からも9月半ばに米国の年金基金であるカルパース(カリフォルニア州職員退職年金基金)、カルターズ(カリフォルニア州教職員退職年金基金)、ニューヨーク市年金基金などが相次いで貸株取引停止を表明した。空売り取引の抑制を年金基金の側から進めた形。
 なおカラ売りの規制については、買いながら売るロングセルが規制対象外になる。取引が国際化しているため、グローバルに規制しないと意味がないなど問題点も指摘されている。
 このほか注目されるのはCDS取引である。CDSの買い方は、結果としてデフォルトリスクの高まりが高まることに賭けているのではないかという批判が出ている。それは株式の空売りとおなじである。08年9月23日の米議会での証言でSECのコックス委員長はCDS取引により「債券を保有せずに空売りを仕掛けたのと同じになる」としてCDS取引規制の必要性を訴えた。

米国 SEC 証券取引委員会
2008年7月21日 米証券取引委員会SECにより導入。規制は空売り前に株券の調達を義務つけるもの。いわゆるnaked short selling規制。とりあえずは29日まで
ファニーメイやフレディマックをはじめ19の大手銘柄。日本の銘柄では大和証券本社グループとみずほフィナンシャルグループ(1兆2000億円のジニーメイ債を保有 08年3月期 投資銀行業務で5650億円のサブプライム関連損失の計上)とが含まれている。両社が含まれたのは、プライマリーディーラーの資格(米国債の入札に参加しNY連邦準備銀行と直接取引することができる)の資格をもつため
2008年7月24日 コックス委員長 下院金融委員会で空売り規制をすべての上場銘柄に拡大する方針を示す
2008年9月17日(水) すべての上場株について空売りをしかける際に売買約定後の決済日までに株式を調達することを義務つけ(18日から適用)
2008年9月19日(金) 米SEC 金融関連799銘柄について10月2日まで空売りを禁ずる(即日実施)10月2日までの暫定措置。必要に応じて最長30日間延長。
2008年9月22日(月) 米SEC 金融関連株式の空売り禁止の対象に、日本、カナダ、欧州などの外国金融機関(みずほFG含む)やノンバンク(アメリカンエクスプレス、キャピタルワン)、金融子会社を抱えるGM、GEなど31社を追加した。即日実施で10月2日までの暫定措置。
2008年10月8日(水) 米SEC 空売り禁止規制解除 

イギリス FSA 金融サービス機構
2008年6月   増資手続き中の銘柄について空売り規制導入(増資手続き中の銘柄に対して、発行済み株式数の0.25%以上空売りした場合に公表義務)
2008年9月18日(木) 金融株を対象に2009年1月16日まで空売りを禁止する
     HSBCなど32銘柄について2009年1月16日まで空売りを禁止する

ドイツ 連邦金融監督庁BaFin
2008年9月19日(金) ドイツ銀行、アリアンツなど金融関連主要11銘柄について年末まで空売りを禁止する

集中講義:サブプライム問題
Written by Hiroshi Fukumitsu. You may not copy, reproduce or post without obtaining the prior consent of the author.
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