このようなプラント工事案件では、期間が2年以上となるので、受注時に収益や将来の見積もりを期間配分する。そして工事の進捗により利益を計上。ところがこの当初コスト見積もりが甘く、人件費や鋼材価格の上昇などを見直すと、赤字修正を迫られる。
とくにプロジェクトが集中している産油国では、資材価格や人件費が高騰。熟練した人材の確保がむつかしくなっている。また定評のある下請けの確保が困難になっている。このような長期間にわたる事業での収益確保のむつかしさはIHIだけの問題ではなく、たとえば在原は2007年11月5日に内外のプラント事業でのコスト上昇から08年3月期に290億円の営業損失が発生するとしている。
しかしIHIのケースはもっと初歩的な問題が絡んである。
問題の海外のセメント案件は、具体的にはサウジアラビアのセメントプラント。そこで欠陥工事から多額の補修費用が発生したというもの。後述するベトナムでの橋崩落事故もそうだが、現地における施工監理にどこか隙があったとみるべきだろう。
なお報道によればこのセメントプロジェクトは受注額で300億円ほどのもの。ところが完成が3年ずれ込み130億円の赤字。コンクリート剥離などの欠陥が原料貯蔵用のサイトの6割で見られ、大規模な補修工事を迫られたのがこの赤字の理由。実績のない現地業者を下請に使った上での失態とされる。無責任な丸投げの結果は、国際的にIHIの信用に関わる重大な事件となった。背景には1990年代にプラント事業を縮小。経験の乏しい人間にプロジェクト管理を任せたためという。しかし2003年度にもIHIは海外プラント事業で230億円の営業赤字を出したばかりだった。
海外とくにアジアでは厳しいコスト競争が求められる。安易な受注→人員不足→人件費高騰 部材費上昇→減益になるとされる。今回は不十分な施工管理から、欠陥工事という汚名を着たことになる。IHIは東京都江東区豊洲の土地が含み益3000億円超とされるが、こうした含み資産が経営の甘さにつながっていると批判された。
このような問題があることから、プラントメーカー(千代田化工建設、日揮、東洋エンジニアリングなど)の中には、受注契約前でも、顧客の承認を得て、資材の事前発注、運搬船・協力会社の確保を進めるところもある。労働者の確保している建設会社との提携もリスク回避手段となる。
しかし欠陥工事はそれ以前のもっと根本的な問題でお粗末な話である。
またIHIでは国内ボイラー案件ほか海外の工事で工事の遅延相次ぎ減益となった。背景には建設時期の集中した受注があるというのだが、早くいえば処理能力を超えた受注に原因があった。電力事業で06/12-07にかけ内外で12件が同時進行していた。
まとめると今回のIHIの問題では以下のような論点がある。
○ 工事の欠陥・工期の遅延。
○ 受注優先体質。目標達成意識が優先。リスク情報を報告しにくかったなど。
プロジェクトを受注する体制がそもそもできていないなど。
その後の調査の結果、決算の修正は2007年3月期と2006年3月期の2期分。2007/12/11に2007/03期決算の修正を発表。2007/03のほか2006/09中間の決算の修正を2007/12/12に発表した。
この発表により2007/1-2に行った公募増資640億円において、意図的な情報隠しはなかったかという新たな問題も浮上した。訂正前の開示書類による資金調達に問題はなかったか。
さらに今回の訂正は、有価証券報告書の虚偽記載にあたるか。意図的な損失隠し、先送りはなかったか。損失減益の認識はいつどのようになされたか。などの疑問も出されている
IHI側は見通しの甘さを認めながら意図的な損失隠し、先送りはないと説明している。
この問題は、将来数期間にわたる事業の収益管理のむつかしさを示している。将来見通しをたてるときに、コストの上昇など様々なリスク要因を十分に考慮すべきであること。また工程や納期の遅れも、減益につながること。そして対応してリスクマネジメントが収益を確保して事業を完了する鍵であること。また事業をマネジメントする体制、人的資源な物的資源の確保が重要であること。事業(商品)の工程・品質管理ができなければ、補修・補償などで想定外の費用が発生すること、あるいは予定していた収益(売り上げが出ないこと)もみえる。これは投資や事業展開におけるリスク管理の必要性をよく示す事件である。
2008年3月期についてはこのほかに荏原がドイツの大型廃棄物処理施設工事の解約や工事の遅れなどで290億円の特別損失を計上。また世界水準での展開能力を欠くとして、海外廃棄物処理施設事業からの撤退を決定した。このほかJEFホールディングスでも国内のごみ処理施設にからみ納入先の自治体と結んだ操業・保守請負契約のコストが予想以上に膨らんだとして500億円規模の特別損失を計上することになった。
要因は複合的だが、安易な海外進出、見積もりの甘さ、受注優先の採算管理の甘さ、自らの技術への過信などが原因とされる。
決算修正と東京証券取引所の対応
なお東京証券取引所は2007年3月期の訂正有価証券報告書の提出を受けた2007年12月11日、同日付けでIHI株を監理ポストに指定することを決めた。2007年12月にはこのほか、三洋電機が子会社・関連会社株式の評価損を正しく計上していなかったとして12月25日付けで監理ポストに指定される問題が起きており、上場会社の決算のあり方が問われる月となった。
しかし東京証券取引所はその後の審査の結果として上場「廃止に相当する行為は確認できなかった」として上場維持を決定。IHIに対しては「内部管理体制に問題がある企業を区分する特設注意市場を割り当て、初の特設注意銘柄にすると発表した。三洋電機に対しては2008年2月8日「適時開示徹底を求める注意勧告」を実施した。
参考 ベトナムにおける建設中の橋崩落事故(2007年9月)
サウジアラビアでの欠陥工事が原因がどこにあるにせよ、施工を請け負った日本の建設業者の信用にかかわる問題であることを指摘したが、ベトナム南部のカントー橋崩落事故は、多数の死傷者を出した点で事態は深刻である。
崩落当時250人近い作業員が作業中であり、結果として54人が死亡。重傷者を含めて負傷者も80名以上に及んだ。この橋は日本の政府援助ODAをうけて、大成建設、鹿島、新日本製鉄(新日鉄エンジニアリング)の3社が共同企業体で請け負って2004年9月以来、工事を進め2008年の完成を予定していたもの。総延長16Kの斜長橋。248億円のODAである。
軟弱地盤で仮支柱の沈下が生じたことなどが原因と推測されているが、建設コンサルタントが事故前に安全性が確保されていないとの警告を出していたこともわかっているだけに、現地の建設責任者がどのようにリスク管理を行っていたかが問われよう。もちろん現地の厳しい条件の中で工事にあたっていた方の責任を問うことは酷であることは承知の上で、こうした事故の再発を防ぐためにも事故原因と責任の所在が徹底して究明されるべきだろう。
参考 ベトナム経済など
ベトナムは正式にはベトナム社会主義共和国。首都はハノイ。人口は8423万(2005年)。1990年代末に経済悪化を経験したあと(1997年のアジア通貨危機以降経済が急落)、2000年に入ってから順調な経済成長を続けている。中央銀行のドン安政策による輸出振興。海外からの直接投資拡大。海外からの観光客の増加など。2007年上半期のGDPの伸びは前年同期比7.9%増(2008年の目標は8.5-9% 07/11で国民1人あたり名目GDP1000ドルが視野)。
ホーチミン証券取引所(2000年7月開設)。ハノイ証券取引所(2004年7月取引開始)。また2007年5月にホーチミンに金取引所が開設された。
上場企業の例。バオミン保険、バオベト証券、アジア商業銀行、バオベト保険。サイゴン証券(双日が現地企業向け投資銀行業務で提携2007/4)、ベトナム石油運輸、サイゴン縫製。ビナミルク(大手乳業)。EPT(IT最大手)。
ベトナム輸出入銀行(民間銀行1989設立 三井住友銀行と資本・業務提携07/11)。
しかし非上場の国営企業がなお重要産業を支配。ベトナム最大の国営商業銀行ベトナムバンク(三菱UFJ銀行と業務提携06/12)。石油ガス公社ペテロベトナム。大手観光業のサイゴンツーリスト。ベトナム化学公団(化学メーカー)。国営ベトナム鉄鋼公社(インドのタタ製鉄と合弁事業を計画 ベトナムで製鉄所建設へ)。ベトナムデータコミュニケーションズ(VDC 国営のデータ通信会社 KDDIやNTTコムと提携し日系企業向けサービス2006秋より)、国営ベトナム石炭・鉱物工業グループ(住友商事がグループ傘下の無煙炭炭鉱操業会社に出資2006/12)など。
550社を超える国営企業の株式会社への転換と日米欧の企業に株式の一部売却を首相が各省庁に指示(2007/4/2日経)。政府は海外ファンドの資金の流入を期待。
Written by Hiroshi Fukumistu. You may not copy, reproduce or post without obtaining the prior consent of the author.
最新の画像もっと見る
最近の「Financial Management」カテゴリーもっと見る

財務管理論Ⅰ ーレポートを書きながら学ぶー

財務管理論Ⅱ

Richard Luecke, Finance for Managers, Harvard Business School Press:2002

Fujii and Sheehan, Learning MBA Basics in English, NHK出版, 2002

Charles H.Meyer, Accounting and Finance for Lawyers, Thomson/West:2006

P.Vernimmen and others, Frequentry Asked Questions in Corporate Finance, Wiley:2011 No.1
最近の記事
カテゴリー
バックナンバー
人気記事