Entrance for Studies in Finance

東芝・日立・パイオニア・シャープ

財務管理論では、幾つかの企業の事例をみて、企業の経営のあり方を考えよう。財務の在り方についても、こうした事例研究は示唆が多いはずだ。
 そこで常に考えたいのは企業経営の目的は何か。その目的を達成している企業はどこかという問題である。
 2007年度前半においてこの面で評価が高かったのは東芝である。積極的な投資戦略、戦略的な事業分野の選択など、注目される要素がそろっていた。ところが2007年度後半に入って半導体価格の急落、次世代DVDでの蹉跌などから、積極的な投資が裏目になり、東芝の営業業績は悪化を始めた。こうした環境の変化に東芝がうまく対応できるかが、注目されている。
 
1.評価が変わった東芝のWH買収公表(2006年10月)
 昨年2006年10月、東芝が米WH原子力部門を54億ドルで買収を公表したとき、多くの人はこれが東芝の経営のリスク要因になると予測した。大きな問題は買収金額のあまりの多額さにあった。買収金額の多額さから、回収に要する年数の長さや、その間の経営に及ぼす影響が懸念され、東芝自身も共同出資者の石川島播磨(IHI)に持ち分の一部譲渡を交渉していた(出資比率は東芝が77%、米ショーグループが20%、IHIが3%)。そもそもこの案件は丸紅が買収に加わるはずが、丸紅が社内で決定できず買収から降りた経緯があった。
2007年7月この東芝のWHの持ち分のうち10%を5億4000万ドル(600億円強)でカザフスタンの国営原子力事業会社に譲渡する話がまとまった。これは東芝としては資金の一部回収になるとともに、カザフスタンはオーストラリアに次ぐウラン埋蔵国として知られるが、この譲渡出資によりWHの原子力発電事業について、そのカザフスタンから安定的なウランの供給を見込める副次的効果があった。地球温暖化問題もあり、今後20年間で世界で150基の原子力発電所の建設が見込まれ、ウランの供給不足が懸念されていた。それだけにWH出資のこのような展開は、この投資の評価を大きく変化させることになった。

2.東芝による半導体分野の積極投資(2006年~)
 このWHの買収のほかにも東芝は大胆な投資を進めている。そのうち最大のものは三重県四日市にフラッシュメモリー生産の新工場を建設するというものである。ここで東芝はサムソン電子についで世界2位。2006年8月に着工しているが、2007年9月に完成した。2007年12月量産開始予定である。これによりFMの生産能力を倍増。2008年中にサムソンを追い抜くとしている。総工費6000億円という巨額投資である。
 この背景にはかつてのDRAM生産での敗北の経験があるとされる。1980年代半ば、日本では東芝、日立、NECなどが半導体生産で世界の首位を占めた時期があった。ところが韓国のサムソン電子、ハイニックス半導体などに追い上げられ、投資を拡大するサムソンが生産量の拡大ーコストの低下メリットを享受するなか、遂にDRAM生産から東芝は撤退するに至った。そして国内メーカーはエルピーダメモリ(1999年にNECと日立が事業統合)に集約された。2006年にエルピーダは、台湾の力晶半導体やSMICに製造委託もしているが、今後3年間で3000億円という生き残りをかけた巨額投資に追い込まれている。つまり相手であるサムソンを上回る徹底した投資が必要だという認識がある。
 DRAMは2007年1月末販売開始されたwindows vista向けのメモリー需要はあるものの、需要は伸び悩み、かつそれを上回る供給過剰が値段を押し下げている。期待が裏切られた状態。微細化技術などで優位性はあるもののエルピーダメモリもこの中で営業利益を減らしている(エルピーダは2006年世界5位 サムソン電子が1位 ハイニックス半導体が2位 ドイツのキマンダが3位 日本にも工場をもつ米マイクロンが4位)。韓国。台湾勢は強気の読みで設備投資を行っている。DRAM価格が大幅に低下した影響で2007年後半に入りDRAM需要が回復。DRAM価格は下げ止まり始めた。エルピーダでは微細化技術を生かして生産コスト引き下げ収益確保に努めている。その結果、2007年9月中間期をともかく営業黒字を確保している。急激な価格低下の中でのこの結果は、注目される(マイクロンは赤字だった)。
 なお格段に大容量になる次世代メモリーの開発も進んでいる。PRAMというのがエルピーダなどが開発しているもの、ソニー、東芝、NECなどが開発しているものはMARMと呼ばれている。
 もうひとつこの投資を支えているのはマイクロ化技術(微細加工技術)での日本側の優位先行性である。このような半導体生産では微細加工によって半導体の生産量を上げ、また半導体の記憶を大容量にすることができる。この面でわずかにであるが日本の企業は実際の生産で先行している。そしてNAND型フラッシュメモリ-では東芝が、携帯電話や携帯音楽プレイヤーのためのDRAMではエルピーダメモリーが、集中して投資することで、首位のサムソンへの追撃を行っているのである。
 そして東芝にとって幸運なことは、需要の急拡大から値段の下落傾向が2007年半ばころから下げ止まってきていることである。アップルのiPodあるいは2007年6月に米国で発売が開始されたiPhone。このような人気商品のフラッシュメモリーニーズを大量に引き受けているのが東芝なのである。
東芝はソニーからゲーム機用先端半導体「セル」の生産設備(長崎テクノロジーセンター)を2008年3月に買収することを決めた(合意の正式発表は2007年10月。買収金額は東芝大分工場内の設備を合わせ1300億円)。これはシステムLSIの顧客としてのソニーの取り込みとシステムLSIの売上高増加をねらったもの。これにより東芝は半導体生産での規模を拡大できる(半導体全体で1兆5000億円近く。またシステムLSIで6700億円。買収前は5400億円)。
 他方で2007年秋、銀座東芝ビル(1939年東芝設立時の本社所在地 数寄屋橋でソニーの向いのビル)を1600億円で東急不動産に売却(売却益は1300億円)。2006年秋にはジーイー東芝シリコーンと東芝セラミックスの売却を決めたほか、2006年末には東芝EMIの全株を英EMIグループに売却。
 しかし半導体の価格が軟調である(とくにNAND型FMが2007年10月頃より急落)なかでに高水準の投資は、経営の大きなリスクになる。2007年10-12月期は7-9月期に比べて営業黒字が縮小した。

3.比較:再建に難渋する日立
 このように一方で果敢に売却も進めたことから東芝は「選択と集中」を実践していると評価が上がっている。これに対して同じ総合電機でも日立の業績が低迷している。日立の業績はHDD(新製品開発の遅れ、急激な価格低下で2003年にIBMから2500億円で買収したHDD事業は赤字続き 2006年世界シェア3位16%ではあるが苦戦 07年3月の営業赤字は437億円 累積損失は1200億円とも 2008年にメキシコ工場閉鎖など再編へ)や薄型テレビ事業(2007年9月、販売競争から価格低下続き宮崎のある古いプラズマパネル生産ライン休止 海外生産を加速か シャープや松下が新工場稼働を2009年に控えているのと対照的 2007年9月の中間決算で家電部門は508億円の営業赤字 そのほとんどが薄型テレビ事業のもの)で悪化している。2007年3月子会社の日本サーボを日本電産に売却(売却金額50億円)。2007年10月日立はパソコン生産(06年度国内8位シェア4.5% 1位はNEC20.9%、2位は富士通18.7%、3位デル14.0%、4位東芝10.1%)からの全面撤退を発表した(愛知県豊川工場での生産を停止。すでに業務用はHPに委託)。
 続いて2007年12月に日立は赤字2事業の再建策を打ち出した。HDD事業については米ファンドのシルーバーレイクに持分の50%弱の売却を打ち出した。液晶パネル事業で、有機ELの開発で日立のパネル会社に松下、キャノンから出資を受け入れることとした。また日立、松下、東芝の3社で運営している大型液晶パネル製造会社について、松下の出資比率を上げることを決めた。
 ここで東芝は松下ー日立の連合を抜け、シャープとの連携に踏み切った(2007年12月)。すでに東芝はシャープから大型液晶パネルの供給を受け、逆にシャープに対して画像処理用半導体を供給している。背景は、シャープが建設する新鋭の大型液晶パネル生産工場が、コスト競争力で日立のパネル工場に比べ優位にあると指摘されている。他方、シャープ側(垂直統合型メーカー)は液晶パネルの安定的供給先(水平分業型メーカー)を必要としていた。東芝側にも最先端半導体の供給先を増やせるメリットは大きいと考えられる。日立や東芝は今後自社でのパネル生産を縮小すると見られる。日立はHDD事業や液晶パネル生産からの撤退の道を模索しているようにみえるが、その撤退の仕方は中途半端。また日立の今後の成長戦略は不透明。日立に対して厳しい見方が拡大するのもやむをえない状況である。
 液晶をめぐる争いは、松下ー日立ーキヤノン、シャープ(ーパイオニア)ー東芝、ソニーーサムソン電子の3陣営の争いになった。しかも争いはこれからの投資競争が決するとの予想が高い。

4.比較:シャープとパイオニアの提携(2007/9)
 シャープは、着々とパネルの供給先を確保している(外販先の確保)。シャープの収益の大黒柱は液晶。今回の東芝との提携の前にも2007年9月にパイオニアとの提携を実現している。パイオニアはシャープ(太陽電池で世界1.携帯電話で国内トップだが総合電機としては小ぶり。パイオニアの技術に期待)から出資を受けて、プラズマのほか液晶テレビの製造・販売を開始し、パネルの供給をシャープから受ける。次世代DVDなどの共同開発をする。
 背景には肝心のプラズマテレビで業績が悪化。デジタル技術力、カーナビでは世界トップなどの実績がありながら、プラズマで経営を悪化させ将来戦略を描ききれていないパイオニアの経営再建問題がある。まず液晶とプラズマでは8対2で液晶が優勢。価格競争も激しく業界3位のパイオニアのプラズマ事業は赤字化している。2007年10月末にパイオニアは、山梨で計画していたプラズマパネル新工場の凍結を決めた。
 今一つ議論を呼んだのは、このパイオニアーシャープの決断は垂直統合型の企業モデルの修正を意味するものではないかということである。この点は、その後、東芝ーシャープの提携でも再び確認されることになった。
 これら3社の間ではシャープが液晶の生産に特化し、パイオニアや東芝はシャープから液晶パネルの供給を受けるという分業により、生産コストの低下、企業グループとしての生き残りという戦略が見える。

むすび―次世代DVD事業からの全面撤退(2008年2月)―
 東芝を語る上で落とせないのは次世代DVD規格をめぐるソニー陣営(ブルーレイ陣営 ソニー 松下 シャープ デルなど)との争いと撤退である。
 東芝側にはマイクロソフト、インテルなどが加わるものの、映画ソフトの面での劣勢はつらかった。東芝側は2006年から2007年にかけてHD-DVDの再生機で思い切った値下げ戦略を展開して、攻勢に転じた。この攻勢の中でこれまで両規格で生産してきたパラマウントが、東芝などが推進するHD-DVD方式単独採用に変更すると2007年8月20日発表した。その後の報道では、この変更、つまり単独採用は向こう18ケ月に限定されるもので、東芝側はパラマウントそしてドリームワークスアニメーションに報奨金の支払いなどを行ったとされている。
 しかし2008年1月に入りこれまで両規格支持のワーナーがブルーレイBD単独支持を表明した(2008年6月から1本化)ことで形勢は固まった。ワーナーと東芝は現行DVDの規格でも提携した歴史的関係が深かったが、DVDの規格争いがDVD販売を低迷させているとの判断からワーナーはBD支持に転換した。
 記憶容量でBDに見劣りするHDだが、映画業界に東芝支持があったのは、現行DVDの技術の延長上にHD-DVDの技術が存在するため、現在のDVD生産システムを生かして生産コストを抑えられること、映画の記録であればHDの2層化(30ギガバイト)で十分だったからだ。しかしBD側も松下の協力を得て低コスト化のめどを付けた。映画業界のBD支持を広げた。
残るユニバーサル、パラマウントについても離脱の報道があいつぎ、映画ソフトの面ではブルーレイ優位が確定し、東芝側戦略の基本的見直しが必要になった。ワーナーの方針転換の方針を受けて、同じ2008年1月にウオルマートが3月以降HDーDVDの扱いを縮小し、6月以降はブルーレイ単独のみ販売すると発表した。なおHD-DVDの実勢価格は、BD-DVDのほぼ半値に落ちている。その結果、録画機能を重視する顧客はHD-DVDをなお購入するということも生じた。ただしこの価格ではHD側は利益を確保できておらず、一連の需要喚起のための値下げや、販売促進費用で次世代DVDは07年10-12月期は営業赤字に陥り東芝の業績の足を引っ張っていた。この面からもこうした値下げ戦略の限界は明らかで、東芝はHD撤退を含めたDVD戦略の見直しが必要とするに至った。
 2008年2月19日東芝は社長会見を開き新世代DVD事業からの撤退を発表した。開発生産を停止するとともに販売も3月末をめどに停止するとした。撤退に伴う損失は数百億円。しかしDVD事業は規格競争もあり、利益がでない状況だった。BD陣営も利益を出すのは容易ではない。
 東芝は基本特許を押さえ特許料収入を得る構想だった。しかし電機メーカーの賛同得られなかった。こうした事業を継続するよりは撤退の決断を評価する声もある。
 半導体投資での巨額投資という事情もあった。東芝は撤退と合わせて、岩手県北上市と三重県四日市市にFM工場を2009年春からの建設(2010年春稼動)を発表した。投資額は提携先のサンディスコとあわせて1兆7000億円。生産能力を現状の4倍まで高める。液晶パネルでも日立から調達して撤退を表明した(2007年12月)と合わせて次世代DVDからの撤退は東芝の選択と集中戦略を際だたせることになった。
 このような投資集中の狙いは韓国サムソン電子からの首位奪還であるが、フラッシュメモリーの製造単価が下がり容量が増加すると記憶媒体としてDVDとの競合が起こる。またHDDの記憶容量の向上も急ピッチ(BDの2層で50ギガ:10億バイトであるのに、日立HGSTが2008年1月8日に発表したものは1テラ:1兆バイト。250時間の高画質放送が録画可能。現在のHDDの普及品は500ギガバイト)で、持ち運ぶDVDそのものが過去のものになる可能性もある。確かに敗北ではあるが、開発競争は間断なく続いており、技術の蓄積は無駄にはならない。むしろ全面撤退という東芝の決断の潔さを市場は支持しているのかもしれない。
 2007年8月29日の東芝の株価終値1010円。2008年2月21日の終値は802円(208円20.6%の下げ)。同じソニ-の数値は5230円が5090円(140円2.7%の下げ)。そして2008年2月20日の株価(終値)による各数値は以下のようであった(NIKEEI NETによる)。
08/02/20東証1部全銘柄東芝ソニー
PBR1.43倍2.32倍1.51倍
PER17.15倍18.73倍40.23倍
益回り5.32%5.34%2.49%
配当利回り1.70%1.38%0.49%


key words
水平統合か垂直統合か
自前主義かオープン型か
選択と集中

なお原子力エネルギー問題全般については以下を参照。
原子力エネルギーへの懐疑と代替エネルギー
 なお東芝のSED事業からの実質的撤退については以下を参照。
必要な産業技術への関心
キヤノンと富士フィルム

財務管理論講義 財務管理論リンク

Written by Hiroshi Fukumitsu. You may not copy, reproduce or post without obtaining the prior consent of the author.
Originally appeared in Feb.15, 2008.
Reposted in Aug.1, 2009.
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