広がる顔認証
顔の画像を分析し、その人が
誰なのかを判別する技術が急
速に普及してきた。
便利な情報社会を実現する
半面、プライバシーを侵害
する恐れもあり、心の中ま
で見透かされる時代が近づ
いている。
支配する材料
人は、
印鑑、
顔写真、
身分証明書、
暗証番号、
など、本人確認のため
に多くの方法を使って
いる。
最近はスマートフォン
の操作で暗証番号の
代わりに、
自分の顔の画像
を使う人も多い。
このように、自分
であることの証明
は、人類史のいつ
から、なぜ必要に
なったのか?
少数の集団で暮らして
いた頃は、互いに顔見
知りで、本人である事
の証明が不要であった。
だが、別の集団に移動
すると、自分は誰なの
かを証明する必要が生
じた、
と考えられる。
文明誕生で社会構造が
複雑になり、人口も増
えると顔見知りの人間
関係だけでは管理でき
なくなり、契約や取引
等で印章や署名が使わ
れ始めたようである。
時が流れて、近代に入る
と、指紋を個人の識別に
使うようになった。
その理由だが、指紋は全て
の人で異なり、生涯変わら
ないことが発見されたから
である。
指紋を分類して登録してお
けば、身元を短時間で割り
出せるため、犯罪捜査に
大きな威力を発揮した。
そんな指紋だが、世界では
いつ頃、指紋の導入が行わ
れたのであろうか?
「指紋による個人の識別」
は19世紀末、英国が植民地
のインドを統治するために
初めて導入した、
と言われている。
明治薬科大の准教授A氏に
よると、羊飼いや商人など
定住せずに放浪生活を送る
人々を管理するため、使い
始めた、
と言う。
A氏は、
「近代の国家は、国民の所
在を把握して統治するこ
とを目指してきた。
定住せず移動を繰り返す
人々には、身体の情報を
使って管理する新たな手
段が必要だった」
と指摘する。
この事は、現代にも当ては
まるという。
21世紀の人類は、活動の舞
台をインターネットに拡張
し、現実とネット空間を行
き来しながら縦横無尽に移
動する存在となった。
指紋や顔などの身体データ
を鍵として使えば、現実と
ネットの世界を結びつける
ことができる。
生体認証と呼ばれるこうし
た技術がオンライン社会で
普及してきたのは、ある意
味、必然と言えるであろう。
顔パスの功罪
生体認証が、世界に浸透した
契機は、2001年の米中枢同時
テロであった。
身元を偽り、国境を越えて移
動するテロリストの入国を阻
止するため、各国がパスポー
トに指紋と顔のデータを導入
した。
グローバルな時代を迎え、移
動する人々を統制する生体認
証の機能が改めて注目を集め
た形である。
生体認証では、
目の虹彩、
静脈の画像、
等も使われるが、最も便利
なのは、
顔認証、
である。
顔は1卵生双生児を除けば
千差万別で、衣服に覆われ
ることなく常に外部に晒さ
れており、離れた場所から
でも、歩きながらでも撮影
できる特徴があるからだ。
顔認証は
目、
鼻、
口、
の位置などの特徴から個人
を特定する。
近年は人工知能(AI)によっ
て精度が向上し、マスクを
着用しても特定が可能と
なった。
自分の顔の画像を登録して
おけば、利用時に顔を撮影
するだけで簡単に本人と
確認できる。
このため、
スマホ画面のロック解除、
Officeの入退室管理、
空港の出入国審査、
などで世界的に利用が拡大
している。
いわば、デジタル時代の
「顔パス」
である。
そんな中、財布やスマホを
持たず、手ぶらで顔を撮影
するだけで買い物ができる
サービスも登場しつつある。
ただ、懸念もある。
暗証番号は変更できるが、顔は
整形手術をしない限り、変更
できない究極の個人情報なので、
漏洩すると取り返しのつかない
リスクを負う。
例えば、スマホで盗撮したり、
撮影時に偶然写り込んだ人の
顔を交流サイト(SNS)の写真
などと照合・検索すると、個
人を特定できる場合があり、
位置情報から自分が
いつ、
どこで、
誰、
と行動していたのかまで
勝手に特定されてしまう
恐れがある。
このため、国立情報学研究
所の教授は、自分の顔をカ
メラに検出されることを防
ぐ眼鏡型の特殊な器具を開
発した。
教授は、
「自分のプライバシーは自
分で守り、自らコントロ
ールしていくことが大事
だ」
と話す。
顔は単なる体の一部ではなく、
人間のアイデンティティー
そのものである。
だが、最近は若い世代を中心に、
顔認証を利用することに不安を
感じない人が多いという。
リスクよりも、デジタル技術の
利便性を優先する生き方とも
いえる。
さらに、監視カメラによるプラ
イバシーの侵害も懸念される。
世界中の駅や街頭、商業施設など
に膨大なカメラが設置され、不特
定多数の人の顔が撮影されている。
それを識別し、様々なデータと紐
づけることで、個人の監視や追跡
を行うことが技術的に可能である。
治安の向上に役立っている半面、
撮影した画像を誰がどのように
利用しているのか不透明なケース
も多い。
店舗のカメラは防犯だけでなく、
どのような人が何を買ったか、
といった
「顧客分析」
にも利用されることを知らない人
もいるだろう。
顔認証の技術が進歩した今日、
知らないうちに顔を撮影される
のは、同意なく指紋を取られる
のと同じ状況と言える。
民間シンクタンクの国際社会
経済研究所の主幹研究員は、
「監視カメラの無秩序な利用
は、プライバシーだけでな
く、公共空間の移動の自由
を侵害する。
常に誰かに見られ、匿名性
が保証されない息苦しい社
会を招く。
公共の利益と個人の権利の
バランスが重要だ」
と警鐘を鳴らす。
感情の推定も可能
顔認証は、近年さらに進歩し、
心の状態を推測する技術
も開発された。
表情や視線などをAIが分析し、
その人の内面の感情や思考、
意図を推定するものである。
例えば、米国では、オンラ
インの採用面接を受けた人
の認知能力や協調性を推定
し、適性を判断するのに
使われた。
嘘をついているかどうかも
分かるとされ、欧州では国
境での検問で試験的に使わ
れた例がある。
中国では、治安目的なので
広く利用されている、
という。
だが、人の外観から感情を
推定するのは、科学的な根
拠が希薄で、信頼性が無い
との批判が根強い。
表情によって犯罪を行う恐
れがあると判定されれば、
人間の尊厳を侵害しかね
ない。
加えて、内心の自由を脅か
す影響も深刻である。
AIによる感情の推定が現実と
なれば、気持ちを探られない
ように無表情になったり、無
理に笑顔を作ったりする人が
増えるかもしれない。
そういう不安に付け込んで
不要な商品を買わされる
など、思考や行動を操作
される恐れがある。
とは言え、人間をデータ化
し、識別する生体技術は、
権力にとって有益な道具で、
国家は、利用を広げたい欲
望に駆られている。
例えば、人権を重視する欧州
などでは、
規制の議論
が進んでいるが、
独裁国家では利用が加速し、
体制に批判的な人々の抑圧
や思想統制に使われていく
可能性が否定できない。
言うまでもなく、世界の覇権
を狙う中国は、
生体認証、
カメラによる監視、
が最も進んでいるとされる。
結局、人類の未来は、心の
中まで見透かされる
「超監視社会」
になってしまうのか?
その行方は、台頭する強権
主義に民主主義がどこまで
対抗できるかにかかって
いる、
と考えられる。
<データと資料>