私のブログにお越しいただいてありがとうございます。新型コロナウイルスによってお亡くなりになった方々のご冥福をお祈りするとともに、罹患された皆様に心よりお見舞い申し上げます。
また、日々新型コロナウイルスと戦っている医療関係など、私たちの命と生活を守るために働いてくださっている関係者の方々に、心からの敬意と感謝いたします。
どうか、みなさまとご家族、関係者の方がご健康であっていただければと思っております。1日でも早く流行が終息の方向に向かうことを願っております。
日本では緊急事態宣言がようやくいったん解除になりました。ひとつの区切りであり、次の社会生活へのスタート地点であることは確かでしょう。
この2020年の半年あまりの間、新型コロナウイルスによって、人の生命が失われ、今までの社会生活が失われたり、いろいろな大切なものが失われたりしていきました。
新型コロナウイルスは未知のウイルスであり、その性質などは現在解明が進められているものの、私よりも当然、はるかに知見を持っている専門家の方々の間でもその説明や対策などで意見が一致しないことが多いです。ウイルスがいなくなったわけではなく、正体が判明したわけでもなく、治療法が確立されたわけでもなく、ワクチンが出来上がったわけでもありません。さらに、日本がなぜ感染者を抑え込めているのかもはっきりとわかっていません。
こんな状況ですから、メディア報道やインターネット上の情報が大げさなものになり、ありとあらゆる情報がはんらんしてしまっています。明らかなデマやフェイクニュースは論外ですが、報道されていることすべてが将来的に正しかったといえるかどうかは、現時点ではわからないと思います。そういうこともあってか、人の恐れも必要以上に拡大していってしまいます。
それだけに、メディアの影響力は大きいものを持っているでしょう。また、100年前とは異なって、人類はインターネットという技術を手に入れました。今ではほとんどの誰もが簡単に情報を入手することができ、情報を発信することができます。
特に最近、気になっていることは、正常な人間同士の社会的関係が失われていることです。
たとえば、新型コロナウイルスで家族を亡くした人がそのことを親しい友人にも言えないという不自由な状況になってしまっています。普通の亡くなった故人を見送ることもできない状況のようです。また、感染者が家族にいるということや、濃厚接触者が家族にいるというようなことも、子どものいじめなどを恐れて友人に相談できないのだという。また、自粛要請がされている中でのお店への嫌がらせや、県外ナンバーを付けた自動車などへの嫌がらせなどがはびこっていたりします。
これらは、新型コロナウイルスを恐れることから発生した心理であるでしょうから、個人的にはわからないことでもありません。ただ、中世の欧州であったような魔女狩りのような行為ともいえる、いわゆる「自粛警察」を出現させてしまいました。
インターネットという技術は社会生活における利便性向上を生みました。現代はスマートフォンをほとんどの人が持っており、誰もが情報入手とともに情報発信することが容易にできる優れた双方向メディアですが、すべての人にとって良いものだとも言えないでしょう。
私のような人間の発信力なんかはたかが知れています。それも、毎日、たわいもないような内容にお付き合いしていただけている方々がほとんどですが、タイミングと内容次第では数百万以上の人たちに発信したツイートが読まれる可能性はあります。ただし、不特定多数の方に興味を持たれることはほとんどないため、平穏無事ですが、これはたまたまなのかも知れません。
ところが政治家や芸能人、あるいはTV番組にコメンテーターとして登場しているような方々の発信力ともなれば、同じようなことを言っていたとしても、社会に与える影響度合いが極めて強くなります。
つまり、インターネットからの反応の一つひとつについては、小さな力であり、発信する側においては、自らが加害者になることなど意識していない、自分自身の言葉が社会に影響を与えることなど想像もしていないのだと思います。また、平気で他人に対して強い言葉を言ったとしても、相手が真剣にとらえることなどないと思っているのかも知れません。
ですが、それを受け取る側は軽くはないです。顔もわからない相手から、毎日毎日何100もの非難の声を受け取り続けるということは、想像に耐えがたいものです。
このたとえがいいのかわかりませんが、ほんのわずかならば身体に影響のない汚染物質であったとしても、それを毎日摂取し続ければ、いつか生命を落とす事態になりかねません。このようなことは誰もが想像できることだと思います。
インターネット上での書き込みは、発信者情報開示請求により個人を特定することは可能です。いくら、相手がアカウントを削除していたとしても諦める必要はありません。情報開示請求し、法的手段をとればいいのです。ただし、今の仕組みでは時間、費用、労力と被害を受けた方の負担が大きく泣き寝入りせざるを得なくなってしまいそうです。一方では発進した側は責任を追及されないとの意識が薄いままであり、アカウント削除で逃げられると思っているでしょうけど、現実は「ログ」と呼ばれる、利用状況やデータ通信など履歴や情報の記録がある場合が多いので、逃げ得とはならないのです。
また、SNSでは文章中心のコミュニケーションになります。表情や声色など感情が見えたり聞こえたりしないので、自分の本心を伝えることは難しいです。その上、受け取った相手がどのような感情を抱いたかも正確にはわからないため、トラブルにつながりやすいです。私も、海外の方とメールでやり取りしている中でコミュニケーションミスがあったり、同じ日本人同士でも「ちょっと何言っているかわからない」という場合もあります。私は完璧な人間ではありませんが、最近は文章力も読解力も乏しいメールを多く見かます。自分のところのメンバーならば、都度都度、指導したりしていますが。
心が傷みます。もうこのような悲しい事を二と度起こさないためにも、「自分や子どもが誹謗中傷されたらどうすればいいか」「自分が子どもが対して誹謗中傷をしないように教えるにはどうすればいいか」、私たちにできることは何なのでしょうか。
私は何よりも大切なものは家族であり、身近に感じる友人です。また、この地球上に一緒に暮らしている人です。
自分にとって、一番大切な人は誰なのでしょうか。守りたいと思う人は誰なのでしょうか。そして、その人はどのようなことを一番大切だと考えているのでしょうか。そのためには、何をしたらいいのでしょうか。何をしてはダメなのでしょうか。何をすれば喜んでくれるのでしょうか。
こんなことを問い続けていると、守らねばならないことは何なのかと気付かされます。
人生100年足らず。私なんか、もう折り返し過ぎてあと何年生きられるかわかりません。それは誰だって同じことだと思います。その時間に費やすエネルギーを何に使うかを考えてみたらどうでしょう。
そして、もしも、身近な誰かが自分を見失いそうになってしまったら、自分を否定したくなる気持ちになった場合、顔の見えない相手を相手にするのではなく、顔が見える家族や友人と話してみて欲しいです。
「空と君のあいだに」は、1994年5月14日にリリースされた中島みゆきさんの31作目のシングルです。1994年に日本テレビ系で放送されたTVドラマ「家なき子」の主題歌です。安達祐実さんの「同情するなら金をくれ!」のセリフで一世風靡した大ヒットドラマです。ドラマの影響もあってこの曲もヒットしていました。ただ、ドラマは観たことがありません。
中島みゆきさんのMVが見つかりませんでしたので、高橋優さんのカバーです。
本当に大切なものはインターネットの中にはありません。目の前の現実の中にあります。
意見は異なることはしょうがないことです。でも、意見が違う人への嫌がらせやいじめは、絶対にそれをする人のほうが戒められるべき事でもあると思います。でも、本当は、そんなことにならないような世の中であって欲しいと切に願う限りです。
でも、私にとって大切な人に「笑ってほしい」と願うとき、私が何をしてあげられるのか、はっきりとした答えはありませんが、その時には「悪」にでもなるかも知れませんが。
6月になりました。新しい1ヶ月、新しい1週間が始まります。
最後には 笑えるよう、自分の歩むべき道を見つけることができるように、新しい朝を迎えたいと思います。
また、明日、ここで、お会いしましょう。