【狙いを秘めた一撃の巻】
▼第7図 70~80 (以下、割愛)
白70のオシの意味は何か?
アルファ碁は、この一手に最も長い「2分4秒」を投じた
中央の黒を追求するのではなく、黒陣営に侵入する手段を選択したのだ
中央の白2子は囮(おとり)だったのか
白は76まで決めて、白78
これは地に換算すると30目近い大きな手
ここでイ・セドルは相手をせず、黒79
アルファ碁は中央の嫌味を解消する本手白80
互いに手抜き、手抜きの応酬で、盤全体を俯瞰した主導権争いが続く
この時点で、検討陣の判定は「全局的に白がやや打ちやすい」
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■この後、アルファ碁の細かいミス(開発責任者デミス・ハサビスはバグと認めている)が出ますが、逆転には至りません。
186手まで打ち、イ・セドル投了。盤面でほぼイーブンで、コミ7目半が出せず、投了はやむを得ません。
■シリーズは5局打って1勝4敗。まさかの結果に囲碁界は騒然となりました。
しかし、これはAIによる碁界制圧の序章に過ぎませんでした。アルファ碁はバージョンアップを繰り返し、トッププロに5子置かせるほどになり、そしてグーグルは「囲碁での実験は終わった」として引退させました。同時に、進化過程の自己対局を公開し、わたしたちにプレゼントしてくれました。
プロは今、AIソフトを活用し、さまざまな新しい手を試しています。「ハンマーパンチ」でトップ棋士を次々撃破している上野愛咲美二段(17)も、熱心なAI研究でランキングを急上昇させています。
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■「AIの碁」あるいは「AI研究による専門家の碁」を、これからも断続的に紹介します。わたしの感想を添えて、です。同時並行的に古碁も鑑賞しましょう。棋譜を50手100手あるいは最後まで並べると、必ず何かが見えてきます。
徳川家康と本因坊算砂が開いた碁将棋の世界は、幕府の庇護を受けて地歩を確かなものとしていきます。17世紀に実力十三段といわれた本因坊道策の出現によって、近代化がさらに進みます。そして大衆化へ。幕末に最初の大きな山が訪れ、昭和に再びブームが湧き起こりました。
碁の考え方や流行は、循環しています。
「AIの新手と思っていたら、実は江戸時代の名人が打っていた」ということも少なくありません。
■古碁を鑑賞する時、定石が古くて役に立たないとか、コミがなかったから参考にならない、という声が聞かれます。確かに序盤は大きく変わりましたが、中終盤は古碁に分があるといわれます。
■いずれにしても、現代の価値観で歴史を語り尽くせるものでしょうか? わたしは疑問に思います。美しい布石、鮮やかな手筋の応酬、演舞のような手順の妙、ヨミの入った死活がらみのヨセ合い。それが感じられ、わたしたちの棋力向上にも参考になるなら、なにもいうべきことなどない、と思います。
■呉清源は晩年、古碁の価値について、こう話しました。
「古い碁を研究することは、プロなら当然のことです」
「最近の若い人は、海外の碁ばかり傾倒していて、大事な基礎となる古碁をなかなか並べないようです」
「古きも、新しきも、両方学んでこそです。なげかわしいことです」
この昭和の棋聖は「秀策全集」を片手に並べ続け、ついには持つ「手が歪んでしまった」ことでも知られています。
大三冠、趙治勲も「秀策全集」がボロボロになり「買い直した」といいます。
■新しいものも、古いものも、鑑賞と研究の対象とし、ぜひ楽しみましょう。