忘憂之物

男はいかに丸くとも、角を持たねばならぬ
             渋沢栄一

売国ウイルスの猛威(抵抗力をつけましょう)

2012年02月06日 | 過去記事







夕方、職場に行くと湿度計が25%あたりを指している。何台かある加湿器も「水切れ」のランプが点灯。部屋に干してあるタオルはからから。

その日は主任介護士が公休日。看護師もひとり。なるほど、そういうことかと他の職員に加湿器に水入れて、とやる。私は濡れタオルを振り回しながら巡回する(地味だけど、実はコレが効果的)。乾いたタオルも濡らし直すように言う。インフルエンザウィルスの生存率は相対湿度25%なら7割を超える。からから大好き、さあ、舞い上がってやるぜ、とモチベーションを上げる。

これを40%まで引き上げると生存率は5割を切る。それで室温を25度まで上げよう。ならば、どれほど根性があるインフルエンザウィルスでも生きていけない。もちろん、これだけで相対湿度40%は難しい。30%を少し超える程度までしか上がらない。だから手洗い&うがいは必須だ。入所者のジジババだけではなく、自分自身もしっかり寝て、ちゃんと食べる。水分補給もする。できることちゃんとをする。予防接種も済ませておく。それで感染したら仕方がない、と言えるかどうか、コレが大事だ。

昼間、ひとりの入所者さんが嘔吐した、と聞く。居室に様子を見に行くと靴下が汚れている。記録には「全更衣」とある。着替えさせた衣類は消毒液に浸していると。しかし、実際は靴下には嘔吐物が付着している。見逃したのだろうが、コレがノロだったら終わりだ。更衣介助した職員に告げると、え?あららホント?すいませぇ~ん、だった。

私はどんな仕事でも「手を抜けるところ」は徹底して手抜きをするが、こういうところは「手を抜いてはならない部分」だと言う。堅いことは抜きだ。あんたも人間、私も人間、ミスはつきものだし失敗もする。サボりもある。しかし、それは上司に叱られるから、悪口を言われるから、馬鹿にされるから、という類の仕事ではなく、あくまでも結果が重大な仕事のことだ。パチンコ屋のときなら関連法令の順守と把握、書類の不備などもそれになる。あ、ごめんなさい、すいません、で済むなら、そこは少々、手を抜いていてもフォローが効く。金で済む失敗も痛いところだが「勉強代」などという言葉もある。つまり、なんとかなる。性根が腐ってなければ取り戻す好機もある。

コレが通じない新聞がある。朝日新聞だ。2月2日の天声人語にはやられた。

書き出しからが凄い。鳩山由紀夫レベルである。


<書いた記事の訂正は記者の痛恨事だが、さらなる不面目(ふめんぼく)もある。掲載した訂正がまた間違っていた。そんな事態が、極めてまれながら皆無ではない。恥の上塗りの「訂正の訂正」を出すはめになる▼ここから話は国政へ展開する。田中防衛相のことだ>


オノレの過去の反省でもするのかと思いきや、まったくの他人事で2代目素人大臣を小馬鹿にする。嘘の上塗りで恥をかいた実例は朝日には及ばないはずだ。「訂正の訂正」であろうが、「訂正の訂正の訂正」であろうが、いくらボンクラ大臣とはいえ、捏造しておいて開き直る新聞から<呆(あき)れるよりも痛々しい>などとは書かれたくあるまい。なにが<適材適所の四文字が泣いている>だ。適材適所どころか、朝日新聞はすでに「公明正大の四文字」が憤死している。

新聞が「手を抜いてはいけない」部分というのは、例えば「裏を取る」だ。これは面白い記事になりそうな取材ができた、よりも優先されるべき項目である。これはマトモな新聞記者、ジャーナリストなら誰でも言うことだ。しかし、朝日新聞の場合は裏もヘチマも、その事実自体がなかったりするから、そもそも取る裏がない。だから、その結果となれば、単なる失敗やミスよりも深刻となる。

1982年6月26日の朝日新聞一面トップには「文部省 高校社会中心に検定強化” "教科書さらに「戦前」復権へ"  "古代の天皇にも敬語」という見出しが躍った。高校用歴史教科書の文部省検定で、検定前教科書に「侵略」 とあった記述を「進出」に書き換えさせたと報じた。いわゆる「教科書誤報事件」である。朝日以外のメディアもコレを伝えた。

「裏を取った」産経新聞は虚報に気付いて謝罪するが、それは中国の第1アジア局長が日本の中国公使に申し入れを行ったあと、つまり、遅きに失した。当時の鈴木善幸内閣は腰が砕け、宮沢喜一は「教科書記述については、中国、韓国など近隣諸国の批判に十分耳を傾け、政府の責任において検定を是正する」との談話を発表、目出度く日本の教科書検定基準には「近隣諸国条項」が制定される。朝日が<書いた記事の訂正は記者の痛恨事だが>と呑気に言う「痛恨事の結果」とはコレだった。

なんのことはない。この1982年という年は「日中国交回復10周年」になる。つまり、朝日新聞から北京へのお祝いだった。これ以降、日本の教科書はどうにもならないレベルに堕す。「南京大虐殺30万人」が載る。万人抗も三光作戦も「近隣諸国に配慮した結果」記載されることになる。朝日新聞、本多の書いたネタ連載の「中国の旅」全編が教科書に登場する。

勢いを増した朝日新聞。その2年後となる1984年には朝日ジャーナルで「南京への道」が連載される。もちろん、書いたのは本多勝一だ。その翌年には「南京大虐殺記念館」が開館する。朝日新聞はミスでは済まぬ「意図的な誤報」で深刻、且つ、重大な損失を日本国に与え続けている。

それにしても嘘ばかりだった。「南京への道」が始まった1984年6月には「南京大虐殺 目撃の中山老」の特集記事が載る。「一兵士として南京事件を目撃した中山重夫さん(72歳・当時)」とういうことで、この人が支那や日本で反戦行脚を行っていると囃す。「元日本兵」として12万人の支那人に謝ったそうだ。虫唾が走る。

中山は<忘れられないのは南京入城の2日前、郊外の雨花台で見た光景>として<白旗を掲げて来る中国人を壕の上に座らせては、日本兵が次々に銃剣で刺し殺していく。一突きでは死に切れず苦しんでいる人を軍靴で壕にけ落としては土をかける。年寄りであろうが、子どもであろうが見境なしの殺りくが続いた>とか言う。日本人の子供が眉をしかめる。泣いて謝りたいと言い始める。修学旅行で北京でもソウルでも行って土下座したいと。

しかし「当時の南京」を知るのは中山だけではない。当時、独立軽装甲車第2中隊小隊長として畝本正巳氏も南京にいた。畝本氏は朝日新聞を読んで「え?2日前?ホントに?」となって調べてみた。朝日新聞で中山は「陸軍戦車隊の上等兵」として紹介されていた。普通の読者がコレを読めば「ああ、戦車で戦っていた兵隊さんか」で終わりである。「上等兵」には前線で戦うイメージもある。新聞記事を読んだお父さんは、ああ、なるほど、この中山さんは南京攻略戦に参加して、そこで日本軍の虐殺行為をみたんだなぁ、ということで朝御飯を食べて会社に行く。朝日の狙いはそこにもある。

畝本氏が調べてみると、たしかに中山は岩仲義治大佐の上海派遣軍直轄の戦車第1大隊に所属していた。しかし、それは「断列兵」としてだった。断列兵とは弾薬や食料の運搬、修理などを担当することになる。朝日新聞の記事で「断列兵」を書いていない理由とは、それを記載すれば、それは「後方任務」と気付く読者も出てくる可能性があるからだ。

いまの政府は戦争中でもないのに、原子力安全会議の議事録も取らぬが、当時の帝国陸軍はいろいろと律義に記録している。中山が所属していた「戦車第1大隊」は南京城南方にある雨花台方面ではなく東側、中山門に向かって麒麟門から隊を進めていたとわかる。その理由も明確だ。雨花台は地形に起伏が多いため戦車は使用に適さず、代わりに軽装甲車を集めて攻撃に参加させたからだった。中山はどうやって<雨花台で日本兵に銃剣で突き殺される老人や子供>をみたのか。スマホでユーチューブなのか。

だから「独立軽装甲車第2中隊小隊長」だった畝本氏が「アレ?マジで?」となる。南京入城の2日前、すなわち1937年12月11日、自分はそこで戦闘の指揮をしていたけど、雨花台なんて激戦地だったよ?住民なんか避難してみなかったけどなぁ?となる。こうしてウソがバレる。バレるのだが、その度に元日本兵やらマトモな研究者やらは膨大な労力をかけて、朝日新聞の嘘を暴かねばならない。暴いたところで卑怯がペンを持った朝日新聞が相手だ。小さい訂正記事が載れば大勝利、それでも虚報は既成事実として蔓延る。ウイルスのように蔓延する。是非、もういい加減に駆除したい。殺菌消毒したい。




2月2日の天声人語はこう〆る。

<「歴史は繰り返す」という。それに「一度目は悲劇として、二度目は笑劇として」と付け加えたのはマルクスだった。歴史と言うにはちっぽけすぎるが、大臣と部下の入れ子人形のような繰り返しに、笑う気も起きない。任命責任は、さて誰が取る>

手を抜いたどころか「手を加えて」嘘を書き、それがバレても恥じることもなく、真上からの説教臭い文章で無責任を表現する。こんなメディアの結果責任は、さて誰が取る。






2 コメント

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前原は立派 (nittai)
2012-02-07 11:25:20
 北方4島のみならず、千島、樺太からも露西亜人を
追い出せる。前原は、「4島は我が国固有の領土」と
言明。すると露西亜も「我が国も、4島は我が国の固有の領土」と言った。前原は黙ってしまった。
解決するつもりがない人程「固有の領土」という。

 日本は、明治2年に万国工法を採用すると世界に表明した。つまり4島については、日本人を追い出し露西亜人を勝手に入植させた。之は明らかに「入植と駆逐」の国際法違反である。

 次に、北方領土は過去の条約からSFPT締結まで
日本領土である。これを「権利、権原及び請求権を放棄」とある。領土(領土主権)は放棄していない。
つまり、未だに連合国の管理下にあるということである。

もうお分かりでしょう。前原は解決する気が?

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Unknown (久代千代太郎)
2012-02-13 13:30:55
>nittaiさま

ありがとうございます。

水掛け論では勝てませんね。既成事実化の方が早い。法と論理に基づいて進めねばなりませんね。はい、勉強続けます。。。
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