ぱっと思いつくのはドリカムの「LOVE LOVE LOVE」か。いや、こうみえても若い子の歌も知っている。そうそう思い出した。ナントカ48という女の子らが「あいたかったあいたかったあいたかった」とか歌っていたはずだ。誰に会いたかったのかは知らん。
あとアバとか。「Gimme Gimme Gimme」だ。もちろん世代的にストライクは、やはりポールマッカトニーとマイケルジャクソンだ。「Say Say Say」は脳から血が出るほど聞いたと思う。
同じ単語を三回繰り返すとインパクトが強くなる、と言われる。プレゼンするときなども要点を3つに絞るとか、会議などでも「現状、問題点は3つあります。いいですか、まずひとつめですが・・」とか切り出すと、なんだか頭が良さそうで仕事ができる振りも出来そうだ。
ま、たしかに円広志の「夢想花」なんか、サビで「とんで」が9回もある。歌の最後はこれを5回繰り返すから、都合45回も「とんで」いる。一度聴いたら忘れないレベルのインパクトではあった。
だから岸田も「経済経済経済」を3回ではなく、1000回くらい言えばよかった。どうせ壊れてるんだから、中空を見つめながら経済経済経済・・・・と1時間くらい続ければ世界でトップニュースになる。アメリカ民主党も「これはもう使えない」と判断してくれるかもしれない。
中高年をとっくに過ぎたメガネが、あんな照れくさそうな半笑いで経済経済経済やられても、みているこっちも気恥ずかしいだけだった。もちろん、その後の泉が得意満面「給付給付給付」と真似っこしたのは同じレベルで恥ずかしかった。国会の代表質問を見ていて、なんだかもじもじして、小恥ずかしい思いをしたのは初めての経験だった。
また、同じ単語でなくとも三拍子で伝えるとわかりやすくてインパクトも強くなる場合がある。有名なのは「うまい・安い・早い」か。これを聞けばあまり空腹でなくとも、紅ショウガを載せてどんぶりを傾けたくなる。いま、もう少しなっている。妻と医者に叱られる。
しかし、個人的に好きなのは喜多商店の「来た・見た・買うた」である。これは素晴らしい。
紀元前47年、共和政ローマ軍とボントス王国はゼラの地で向かい合う。丘を駆け下りたローマ軍がボントス軍を破ったわけだが、このとき、カエサルが元老院にした報告が「Veni, Vidi, Vici」だった。「来た・見た・勝った」である。これを大阪日本橋、でんでんタウンでCMにしてしまう大阪人の性根が好きだ。ま、まあ、潰れてしまったが。。。
しかし、今も変わらず、ナントカのひとつ覚えのように、左に巻いた界隈ではまだ「人権・平和・差別」の三拍子でご飯を食べたり、本を書いたり、テレビに出たり、嫌いな政治家を攻撃したりしている。もう、かなりの勢いで「調べた・学んだ・知った」でネットの反撃を喰らうも「なかったこと」にしたり「効いてない振り」で受け流すことも限界に近い。
最近では某大手芸能事務所の連続レイプ魔のホモおじいさんに対し、マスコミも忖度していました、とか反省しているふりもするが、ガーシーの件でいまだに「綾野剛さんら被害者は~~」しか言えぬ忖度を恥じることもない。なぜに某大手企業の有名社長の名を頑なに伏せるのか。
そもそもテレビはもう筑紫哲也から橋下徹まで、幅広いジャンルのキャスターやらコメンテーターやらが、ずっと中国共産党の代弁者であり、地上波全局、NHKも含めて極左活動家の住処になって久しい。もはや日本の視聴者は期待もしないし、どころか嫌悪されて何の用もないのが実態である。
そんな連中はねちねちとまだ、杉田議員を攻撃しているが、これがちっとも効いていない。杉田議員の支持者も減っていない。もう踊らない日本人が増えている。「差別が無くなったら困る人たち」にどっぷり含まれる徳永エリなどをして、予算委員会で騒がせても逆効果でしかない。立憲の少ない「普通の」支持者が更に減るだけのことだ。たぶん、もういない。
徳永が朝鮮総連とずぶずぶなのを知らぬ人も少なくなった。徳永が毎年挨拶しに行く「メノコモシモシ」の代表、多原良子の兄、阿部一司はチュチェ思想研究会の創立メンバーである。アイヌがどうのという前に、真面な日本人なら「金正恩著作研究会」の会長とかやらない。こんな連中とつるんでいる極左活動家が政治家として大手を振って歩くことを、もう、日本の有権者は見逃さない。立憲共産などが自公政権を「消去法」で支えていたが、そんな自公政権にも愛想を尽かして支持率は危険水域を大きく下回る。
その幻滅した有権者は参政党や保守党の勢いを本物にする。多くの日本の有権者からの「説明責任を果たせ」は杉田議員にではなく、このポンコツメガネに向けられている。心ある自民党保守政治家はいま、安倍さん亡きあとの自民党をどうするのか、本気で有権者から問われていると知ってほしい。