忘憂之物

男はいかに丸くとも、角を持たねばならぬ
             渋沢栄一

職場の話①~~獅子舞退治~~

2012年07月30日 | 過去記事

私の知り合いの女性の旦那さんに美容整形外科の先生がいる。先日、その女性に「シミ取りのレーザー治療」のことを問うてみた。我が妻が「シミの歌」まで作って悩んでいる。もうすぐ「シミの踊り」も作りそうだ、いったい、その治療というのはどういうアレで、いくらくらいのモノなのか。

「次の休みはいつ?」と聞かれたから素直に答える。それから「奥さん、連れて来れる?」とのこと。百聞は一見にしかず、それもそうかと妻に言ったら飛び上がって喜んだ。

病院の待合室。本棚があったから「患者に言えない医者の本音」とか読んでいると、思ったよりも早く、知り合いの女性と共に妻が出てきた。ほっぺたをガーゼで押さえながら「レーザービームびゅ~ん!」とか言っている。妻にはここが家の中じゃないことを伝え、普通の大人の女性バージョンで頼む、と注文してからほっぺたを見てみると、シミのあったらしき部分が黒くなっていた。妻はそれをみて「焦げた~~♪」と喜んでいた。

それから旦那さんが出てきた。お礼を述べると顔の前で手を振り、なんと、料金も要らないという。病院の診療時間後、あくまでもプライベートだから、ということだった。仕方がないから数日後、知り合いの女性にはウィスキーを買って渡した。そのとき、うちの旦那がね、ということで話を聞いた。私のことだった。

曰く「あの人(私のこと)は怖い人だね」とのことらしい。時間にして数分、お礼を述べただけで怖いとか、人を見た目で判断するのもいい加減に・・・と言いかけたら、知人女性は「違う違う」と笑った。私が妻の「焦げ跡」をみたときの表情のことらしい。旦那さん曰く「もし、アレが治療ミスなら、あの人は徹底的にヤル人だね」と言っていたと。

それから「素人なんだろうけど、ミスかどうか、冷静に判断していた。瞬間で自分の態度を決めていた」とも分析していたという。私がその後、お礼を述べていたのは「その結果」だったというわけだ。もしかすると、妙な言い訳は通じないぞ、という決意を込めた「これはどういうことですか?」がくる可能性があったと思われていた。もちろん、それは買いかぶりだと言っておいた。そもそも私は別に驚きもしなかった。「焦げた~♪」については「かさぶた」だと思っていた。それに普通、嫁はんの顔面を焼かれただけとわかれば、そこはどんな旦那でも「徹底的に」となるだろう、あんたの旦那でもそうじゃないのか、と言ったら知人女性は「それはそうなんでけどね・・」と若干の否定を含んだ同意をした。

以前、妻が急性の腸炎を起こして入院したことがあった。中学生だった倅が泣きながら電話してきた。お母さんが救急車で病院に行ったと。大阪から京都まで車を走らせて病院に行った。妻は意識があり「痛い痛い」と泣いていた。それから「あいつ(医者)を殺して~~」と言っていた。痛い注射でもされたのかと思ったが、なにやら妻が運ばれて来たときと、私が駆けつけた時からの「医者の態度」が違い過ぎるのだとわかった。

妻が「痛い」と言うと「はぁ?だからどこが?」とか「痛いンはわかったから!」というレベルだったという。とても横柄で怠慢だったと。それが坊主頭に黒スーツ、100キロを超えるオッサンが慌てて走り込んできた。いままで「どう痛いのか言わないとなにもできないよ!」と怒鳴っていた相手の手を握って大丈夫か?嗚呼・・・なんということか、神様どうか、我が妻を御救いください、と嘆いている姿を見て、その医者は自分がとんでもない態度をとっていたと気付く。幸いだったのは私がその現場を見ていないことだった。眼前ならその医者は「たぶんね、ここがこう痛いんじゃないですか?こんなふうに!!」という私に肋骨を砕かれている。祈りなさい。

私が駆けつけると、その医者は手のひらを返し、妻に急に優しくなったのだと言う。事実、私は「優しいお医者さんだなぁ」と思っていた。「痛いですねぇ~」「すぐに痛くなくなりますからねぇ~」と子供に接するようだった。そんな中、妻は痛みに悶絶しながらも「なんじゃこいつ?」と思ったのだと翌日、病室のベッドで証言していた。妻が下した判決は死刑だったが、まだ執行はしていない。



大人になっても舐められたり、侮られたり、おちょくられたりはある。私の場合も本能的に「コレは止めとこう」と感じてくれるのは基本、一廉の男性だけで相手が馬鹿だったり餓鬼だったり、世間を知らぬアレな女性ならば軽んじて扱ってくるのもいる。もちろん、私も大人になったから「身の危険」を感じない限り、相手が男性であっても暴力的な言動はあり得ないと断言できる。丸くなったのは体だけではない。

いまの職場でもそう。いろいろあったが、いま、妙な態度で接してくるのはいなくなった。当初はあった。それが大人の言うことか?と驚く他ない無礼な者もいた。不機嫌を隠さず、あるいは公然と「八つ当たり」を行う餓鬼もいた。はっきりと「ちよたろさんは腰が低いし、言いやすいから」と言われたこともあった。明確な「嫌がらせ」もあった。都度、私は堅忍持久。くだらぬことで心を乱されることなく、たかが職場の人間関係、こんなもの、いつでもどうにでもなると楽観視していた。それは基本的にいまも変わらない。

すると減ってくる。原因はともかく、誰からとでもなく、なんとなく「こいつは害がない」と判断される。「いつも同じ」は安心の項目のひとつ。毎日、いつでも同じような態度を通すから面白くもない。「相手にされていない」とも言えるが、別に相手にしてほしい相手でもないから、こちらも苦にならない。社交辞令的な会話と仕事の連携さえ問題なければ私は一向に構わないし、どちらかというとその方が楽でよろしい、と今までの経験から知っている。人畜無害、毒にも薬にもなりません、という看板は役に立つ。勝手にどうぞと。

しかし、中には勘違いするのもいる。いつまでもわからないのもいる。何度か、それなりに話したことのある施設の上長などはわかっているが、現場が違い、ほとんど接することのない事務員などは空気も読まず、無礼な態度を止めないのもいる。アンテナが折れている。隙だらけで安っぽく、正当性のかけらもみつからない「攻撃」を仕掛けてくる。周囲に対して「わたしは気に入らないと我慢しない」と公言しているタイプのお局に多い。

その太ったお局とは何度かあった。年齢は50代の半ばらしいが化粧っけはなく、髪はぼさぼさで不機嫌が常態化している。挨拶しても無視。業務上、仕方なく接する際も無愛想。基本的に命令口調。当然、周囲の職員からも「飾りを取り外した獅子舞」などとあだ名される。古いだけがアイデンティティだから仕事も面白くない。プライベートは知らないが、コレもあまりよろしくない噂はたくさん聞く。要するに腐っている。これが少し前となるが、ある日の夕方、またまた、噛みついてきた。

とある「医療器具」の部品が取れた。触ったら取れた。看護師に言うと、あららと笑って「接着剤が何かでつかないかな」ということだった。それは事務所にあったと思う、ということだった。私は仕事終わりだったので事務所に行った。その「獅子舞」がいた。接着剤はありますか?と問うた。ただそれだけだった。すると、どうしたの?とくる。

部品が取れてしまって、と言う。普通なら先ほどの看護師同様、あららとなる。しかし、こいつは違う。「落としたの?」とか聞いてくる。落としていないから落としていないと言う。「じゃあ、なんで壊れるの?」とくる。知らないから、わかりません、と言う。

私は早く帰りたい。こんな馬鹿相手にしている時間が惜しい。しかし、ここで「さっさと接着剤、あるかないか言えや」とすれば、理由はどうあれ私はまた、次の職場を探さなくてはならない。それなのに獅子舞は許してくれない。明らかにチャンスと判断している。

「あんた、これ、いくらするか知ってるの?」「あんた、施設の備品を軽く扱っていいと思うの?」「あんた、また買えばいいくらいにしか思ってないんじゃないの?」「あんた、自分の持ち物と施設の物、同じじゃないのはわかるよね?」「あんた、ちょっと社会常識がないんじゃないの?」「あんた、会社勤めとかしたことあるの?」「あんた、自分のモノ壊されたら、はいそうですか、で済むの?」

近くには施設の上長もいた。明らかに狼狽していた。くるくる変わる周囲の新人事務員も、なに言ってるんだこの獅子舞は?という感じだ。

私は獅子舞の話を聞きながら下を向き、その医療器具を弄っていたら、なんと、かちゃっとはまった。割れたり壊れたりはしていないと思っていたが、本当に取れただけだったのだろう、かちゃっと直ってしまった。私は「直りました、ほら!」と言って笑った。近くにいた上長も、いろんな意味で安堵して笑った。白々しく「直りました?やや!本当だ!」みたいな小芝居もあった。しかし、笑っていないのは獅子舞だった。

「何が面白いの?」ときた。私は大袈裟に「えぇ~~!!??」と驚いた。いや、だって、直ったから、と続けた。「直ればイイの?」―――ええ、直ればいいでしょう?

「それは偶然でしょう。わたしが言っているのは、施設の備品を壊しておいて、何の反省もなく~~~~」ときた。もういいや、と思った。

私は獅子舞を手で静止した。

さっき、私に対して「社会常識がない」と言いましたが、アレはどういう意味でしょう?

獅子舞は一瞬、怯んだ様子だったが、その後、怒りが湧きあがってきたようだった。

「社会常識がないからないってことに決まってるでしょ!」

私はもう一度、手で制止しながら、まあまあ、冷静に話しましょう。私は説明を聞きたいだけですから、と突き放して距離を計る。施設上長が近づいてきた。まあ、よろしいじゃないですか、コレも直ったことだし、とか言いたいのだろうと察した。もちろん、ここまできたら、もう止めない(笑。こんな馬鹿、放置していたあんたも悪い。

あなたは「会社勤めしたことあるかどうか」を問われました。それはどういう理由から?

「なによ、あんた・・・・」

理由の説明がない。つまり、あなたは私個人を中傷したわけですね?そうでないなら「社会常識がない」と言った理由を説明してください。それから、あなたが言う「社会常識」とはなんなのか、さあ、良い機会です、ちゃんとご説明願います―――それから、あなたから「あんた」呼ばわりされる覚えはありません、私の名前を御存じでしょう?

獅子舞は「もういいです!」と捨て台詞。なぜだか事務所を出ていった。

次の日、事務所に行くと獅子舞がいた。おはようございます、のあと「ところで、昨日のアレ、いくらするんです?」と問うてやった。獅子舞はきっと睨んできた。私は無表情、無反応で近づき「―――教えて下さいよ、アレ、いくらするんです?」と続ける。ねぇ、教えて下さいよ、ねぇ、いったい、いくらなんです?ねぇ、あれれ、もしかして知らないんですか?――――周囲はもう笑わなかった。明らかに引いていた。それから獅子舞から怒りの火が消えた。やってしまった、という後悔の念が伝わってきた。嗚呼、コレは辞めるまで続くんだろうなぁ・・・という現実が重く圧し掛かっている、私を甘く見たお前が悪い。触るな危険、だ。

それから数日、獅子舞は目も合わせてくれなくなっていたが、とある日の夕方遅く、事務所をのぞくと獅子舞だけがいた。残業だ。私は缶コーヒーを買って「お疲れ様です、残業ですか?これ気持ちだけですが、差し入れです。一服してください。それではお先に失礼します」と獅子舞の机に置いた。獅子舞は絶句、それから蚊の鳴くような声で「あ、す、すいませ・・・」みたいなことを言った。私はお辞儀して事務所を出た。




――――それから半年ほど過ぎた最近。


「ちよたろさん、待ってぇ~~~」

獅子舞が追いかけてきた。なんでも駐車場までの道のり、真っ暗になるから怖いのだと怖いことを言う。どこの妖怪変化でも獅子舞に襲いかかるほどの妖力はない。

私は言われたとおり、その場で待つ。息を切らせた獅子舞が笑いながら言う。

「暗闇が怖いのよ、こんなオバサンになっても」

それはそうですよ、いくつになっても女性ですから。いやはや光栄です。私でよければいつでも、駐車場までボディガードさせてもらいます――――知人女性の旦那、整形外科の先生とは気が合いそうだ。

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