こちらの5:46とかなたの14:46。どちらも大きく日常を揺さぶった時刻。
風化?とんでもない。時を重ねるごとに薄くなるように仕向けているのは世間の業。
重ねている以上、その質量を正しく知る者は密度が深くなっていることを、
言葉でなく念で確かめる。ありきたりの言葉ではなく、その地を、人を想う。
そういう念の交錯が、時空を繋ぎ、心持ちを紡ぎ、哀しみを啄む。
2010年10月。初めて訪れた女川駅の階段に引かれた一条の線。
仰ぎ見て津波がもたらす壮絶さを、列車に乗る前に感じ取った自分がいた。
そしてその半年後、この一条の線のみならず、駅を、街を、数多の息遣いを津波は浚った。
そこから5年かけて、街の一部と駅は新たな時流を刻み始めた。
女川だけじゃない。街の数だけ、集落の数だけ、住まう人の、家族の数だけ刻むときが動く。
彼の地を、人を想うこころも、その時の刻みにまなざしを送る。
未だ還らぬ人もいる。その人をずっと、いつまでも待つ人がいる。
待つ人をつなごうと、また今日も探りに潜る人もいる。手がかりが見つかるよう願う人もいる。
声の大きい人よ。侮ってはいけない。
繋がる気持ちは刹那のものではない。
細くとも脆くとも、想いのある限り、その紡ぎは果てることのないものなのだから。
3・11。今年もこの日はやってくる。
それでは、また明日。