悠久の昔から、水辺に人々が集まり集落が出来て街へと発展して行き、
軈て、国家となって、周辺の水辺を支配するために武力で従わせて、
重い税や年貢を課して、更に強大な力と権威を付けようと、巨大な建造物を作り出して行き、
全てが疲弊し衰退するまで、権威を振るい続けて、天変地異や災害で、
その全てが水泡に帰す様に、消え去って仕舞う、そんな歴史を何度も繰り返して、
それでも人類は、権力や支配を手放そうとしません。
大なり小なり、我々の社会でも同じ事が繰り返しています。
人が集まり、そこに掟や決まり事が出来て、集まる人を選別し除外する。
小さな支配が始まると、人々は、その支配から離れて行きます。
然し、巧妙に支配から離れられない様な仕組みや、決まり事を作り、離脱者を罰する掟を布くと、
そこから出られない人々は、苦しみ藻掻く姿が、外部まで知れ渡り、
軈ては、新たな人は入らず、中の人々が消え去って行き、その支配も終焉を迎える事に為ります。
人の支配は熾烈で過酷で、そこから逃れるのには、早めに離脱するか、消滅するかに迫られます。
何度でも、小さな集団でも、それらは起こり得ます。
常に対等で自由な関係が一番良い人間関係だと思いますが、それが保たれるのは、中々難しいのが社会です。
人を支配する初期段階で離れる冪なのかも知れません。
選別、契約、規約、罰則、社会では避けられない事項が有り、
大小の支配から逃れられないのが現実です。
この社会では自由に生きる事が、如何に難しいか、弱肉強食と搾取が横行して、
それらを正当化して仕舞う権威主義などが、我々を随時禿鷹の様に高い場所から狙っています。
少しでも弱みを見せられない、身動きが取れない事が気取られれば、直ぐ様に、血に飢えた獣の様に、
集団で襲って来ます。(もう人間の姿では無い)
目立たない様に生きる事しか、生き延びる術が無いのが、今の現代社会の真の姿です。
昔、子供の頃に、私の前を、塾かばんを担いで、立派な人間になれと親から送り出されていた子供たちは、
金の亡者と化して、弱い者から搾取する側に為って、権威主義の申し子となり果てている。
そんな人生の執着地点の答えを見ました。
どんな人生が正しいのかは分かりませんが、私は、常に心は自由でいたいと思います。
親の教えで、人をやる者よりも、やられる方がましだと、言っていましたが、
矢張り、やられるのは嫌なので、早めに逃げたいと思います。
教えに付け加えて、人の集まりには気を付ける事、事前に安全を確保する事、
躊躇なく離れる事、 こんな所でしょうか?
2024年11月13日