隣町に住んでいた祖父母の所にいつも家族で車で出かけていました。月に2回くらいは行ってたと思いますね、まだ小学校の低学年の頃です。
町のはずれのバイパスの脇に小高い山があって、その上に小さなホテルがあったんですね。そのホテルはできたばかりで午前の陽光の中でキラキラしていたのを憶えています。そして1歳違いの妹と、あんなところにホテルがあるー、とか言いながら後ろ座席ではしゃいでました。隣町に行く途中のその道を通るときは、いつもその風景を車から見ていました。でも中学に行くころになると部活動も始まり、1年に数回しかその道を通らなくなりました。その後、大学に進学して地元から離れてからはその道を通ることはほとんどなかったです。
そのホテルが実はラブホテルだったというのが分かったのは、就職してその北関東の地元近くに戻ってきてからです。就職してからは仕事がきつく人間関係も複雑で、すっかり気分が塞いでいました。地元で見るすべてのことが旧式で色あせて見えました。駅前の閑散としたショッピングセンターから、たまに実家で食べる煮物の晩ごはんやら、町で会う人々から全てです。煙草を吸うようになり、ビールも毎晩飲まないとやっていられないようになりました。そしてどうしてもこの場所を出たいと思うようになりました。どこか遠くに行きたい、できればオーストラリアに行きたいと。そのホテルにまさか自分が行くことになったのは、そのような時です。当時付き合っていたガールフレンドが、今度はあのホテルに行きたいと言いました。前に何回か行ったことがあるから、と。それで暗い冬の夜にそのホテルに行きました。もう建物もすでに古くなっていて、やはり色あせて見えました。
今では地元に帰るのは好きです。昔、通っていた幼稚園やら小学校に奥さんとまだ小さい娘を連れていって、その時の思い出(多くは楽しい思い出です)を話したりしています。そして同じようにあのラブホテルの脇を通ると、暗く辛かった卒業後の3年間を思い出します。もちろんそのホテルのことは、奥さんにも娘にも言いません。それは心の中にある秘密の隠れ家のようなものです。そういうものは心の中にしまっておいていいと思いますね。