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目黒を歩く

2009年09月27日 06時27分57秒 | ハチパパのひとり言

                                               東京目黒 「とんき」のとんかつ

退職まであと3日、定期券のあるうちにと目黒駅周辺を歩く。浜松の仏像写真展で使おうと思っている印画紙(和紙)を販売している下目黒の会社を訪ねてテストプリントしたり、そこから徒歩5分の五百羅漢寺を久しぶりに訪ねて、羅漢さん一人一人のお顔と言葉を拝して回り、誰もいない本堂の荘厳な釈迦説法の世界で、大きな声で般若心経と観音経を唱えることが出来た。身震いして仏界に己の身を置いているような錯覚を体験した。

目黒駅周辺は、独身時代の昭和42年から43年ごろよく来ていた。41年に浜松から転勤で自由が丘の支店勤務になった直後のことで、田舎の若者が初めて都会へ出てきた訳で、遊びを知らない純粋な青年がこれから徐々に泥に塗れて行ったのである。

自由が丘の支店には、入社間もない遊びに長けた先輩が数人いて、この時私はゴルフ、麻雀、バーなどの遊びを教えてもらった。そうこうしているうちに自ら見つけたお気に入りのバーが目黒駅前にあった。

店の名前は「園」といって、くどうまさこという30代の美人ママと、のんちゃんという正規従業員、丸の内OLのバイトが二人いたのを今でもよく覚えている。最近流行りだしたハイボールをよく飲んでいた。
ママは油絵の趣味があって、一度だけのんちゃんと一緒に渋谷のママのアパートを訪ねたとき、私に1枚の絵をくれた。夕陽の美しい風景画で、残念ながら今はどこにどうしたのか手元にはない。ママとのんちゃんとは井の頭公園に行ったりして、まだ純情だったあの頃の私には、都会のバーのママはとても爽やかな印象しかなかった。

とにかく収入のまだ少ない時期であったが、あとにも先にも生涯一度きりのツケで飲んだ店である。当時は勤務先の銀行の個人小切手(パーソナルチェックといわれていた)を使って、サインのみで支払いをしていたが、2度ばかり不足したことがあり、当時持っていたドイツ製のトランペットを目黒の質屋に入れたのを覚えている。このトランペットは、トロンボーンとともに今でも屋根裏部屋に眠っている。

質屋を探してみようと、記憶の場所を辿りながら、いかにも古い個人商店の店先に、お年寄りが座っていたので知っているかもと「この辺に40年ほど前質屋があったのですが、今でもありますか?」と聞いてみた。
「ああ、あるよ」「そこの昔の協和銀行の裏あたりだよ」と教えてくれた。早速、昔の協和銀行、今のりそな銀行の脇の路地を入っていくと、「横倉屋」という看板が眼に入った。暖簾をくぐって入ろうとしたら女性の先客がいて外でしばらく待つことにした。女性が出て行ったのを見届けて中に入ると、私と同年代のご主人が、昔ながらの番台に座っていた。

「あの、こちらは昭和42・3年頃にもありましたでしょうか?」と唐突な質問をしたら、ご主人が「ええ、親父がやってました」と返ってきた。そうかここに間違いないと確信して懐かしさがこみ上げてきた。当時、トランペットを質入したことを話すとにこやかな顔で「そうですか」と相槌を打ってくれた。

サラリーマン最後の東京を懐かしんで歩いていることを話しながら、目黒駅前にあった「園」というバーを知ってますかと聞いてみたら、通ったことがあるというではないか!ひょっとすると当時同じカウンターで飲んでいたかもしれないのである。何か古い知人に40年ぶりに会ったような気分がした。

夕方4時から営業の目黒の「とんき」へ向かった。開店まで15分ほどありバス停のベンチでメモをとったりして時間をつぶす。シャッターが開くと同時に歩き始めたら、なんと5人もの人が私より先に入っていくではないか!4時という時間が夕飯には早いと思っていたが、常連さんらしき人もいて、とんかつが揚がるまでビールや酒を嗜んでいるのである。

似ている!42・3年当時来た店と似ている!と感情の昂ぶりを抑えながら、板場の年長の方に聞いてみた。「このお店は何年ごろに建ったんでしょうか?」と。
「昭和42年です」とのことで、記憶が更に鮮明に蘇ってきたのである。
「42年ごろ来たときは、学校出たての若い娘さんが、カウンターの中でテキパキと動いていてキャベツのおかわりを盛ってくれたりしてましたね」と言ったら、「そうそう、あの当時はそういう子が沢山いました」と返って来た。

今は男ばかり数人で板場を切り盛りしているが、白木のコの字型の長ーいカウンターから板場が丸見えで、床も壁もきれいにしていて気持がいい。揚げ用の深々とした鍋が5つ並んでいて、待合の長いすも10数㍍はある。目黒の「とんき」は東京では知らない人がいないと言われるほどの人気の店である。夕飯時の混雑ぶりが容易に想像できる。

かなり時間をかけて揚がったとんかつが出てきた。目の前で衣つけから盛り付けまですべてが客の見える中で運ばれてくるのである。ここのとんかつの特徴は、衣がカリっとしていて、肉と簡単に離れることにあるという人もいるようだ。肉厚もあり、脂っこくなくさっぱりしている。もういいんじゃない?と思うくらい時間をかけて高温で揚げるので脂っこさが好きな人には向かないかもしれない。

 目黒のとんき
 http://r.tabelog.com/tokyo/A1316/A131601/13002040/

 五百羅漢寺
 http://www.rakan.or.jp/

今日一日、東京の今昔を堪能できた。東京近しと雖も、定期券がなくなり年金生活に入ると、そう何度も来ることは出来ないと思う。サラリーマン時代の旧知の仲間との会食が時々あるので、そういう日にまた「東京散歩」と洒落込むこととしよう。
                           21/9/25 



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