
4月下旬、車の買い替えに慎重さを欠いた自分の判断と行動に嫌気がさし、その後様々な自身の過去・現在・未来を全否定するような妄想にとりつかれててしまった。
極端なことばかりで、今思えば一笑に付されるような内容であるが、自宅のこと、老々介護、死後のこと等々、悪い方にばかり妄想的に考え始めて、自分を苦しみのどん底に貶め、引きこもってしまったのが良くなかった。
3月には74㎏あった体重が、6月末には6㎏減の68㎏になっていた。ストレスと睡眠不足による食欲不振で、三度の食事はいつもの半分の量となり心身ともに疲労困憊、「あれは何だったのだろうか」と我がことながら呆れかえるばかりである。7月上旬から食欲も戻り始めて、ちなみに今の体重は71㎏、折角凹んだお腹まわりが元の状態に戻ってしまった。
始めは最高血圧が180~200、最低血圧が100前後、心拍数90前後という状況が続き、朝一回の降圧剤のほかに夕方の降圧剤も処方してもらったが下がらず、5月中旬からは抗不安薬も処方してもらった。その後、左胸部に軽い鈍痛を感じるようになり、6年前の狭心症を思い出して心臓の精密検査を行ったが結果は異常なし。ホッとしたところ現金なもので血圧、心拍数ともに正常値に戻っていった。夕方の降圧剤もやめている。
6月下旬に睡眠薬を飲み始め、抗不安薬の効果もあってか妄想的な不安感は解消していったが、引きこもりがいけなかったのか「うつ状態」に気付き、7月上旬に抗不安薬をやめて抗うつ薬にかえてもらった。その後気分も落ち着いて、まずは睡眠薬を7月13日からやめ、夜中に起きることもなく毎日熟睡している。更に3日前から抗うつ薬をやめても変化はなく、元の自分に戻っている確信を得た。パソコンに向き合い、こうしてブログ復活の記事を書きたくなったのも、元の自分を取り戻している証左かもしれない。
しかし、日ごろの運動不足と3ケ月近くにわたる引きこもりが祟り、75歳の高齢者にとって足腰が弱っていることが唯一気がかりとなっている。「とにかく外に出て歩くこと」これが一番の生活態度目標で、この頃は休んでいた地蔵絵の「癒し絵教室」を再開、俳句の会も今月から出席の予定で作句に励んでいる。趣味のカメラも再開して、鎌倉日記などブログ投稿も始めたい。
昨日、加入している神奈川少年友の会のM理事長から携帯に電話がかかってきた。半年ほど前にM理事長が国選付添人、私が少年友の会付添人として担当した審判の男子少年のことで聞かれ、その少年が私の孫と同じ名前だったことから内容をよく覚えていた。非行少年の更生支援団体である友の会活動は、家庭裁判所の家事調停委員を辞してからのボランティアであり、今後も体力のある限り続けたいと思う。
同じく昨日、週一度通っている居酒屋に出かけ、Y子さんにお土産をと、浜松の夜のお菓子「うなぎパイ」を持って行った。彼女は普段介護施設で看護師として働き、週一回居酒屋でアルバイトしている。酒好きの私は、薬とアルコールについて分かり切ったことを、かかりつけの医者に聞けないので、彼女には今回の病気と薬のこと等いろいろ教えてもらい助かった。
ある日彼女から投稿の写真の本「そのままでいい」を読んでみてと渡された。無理をしないで「あるがままでいい」と教えられた私には特効薬にもなった。彼女に感謝である。なのに昨日は彼女から今月誕生日が来る私にお祝いの品をプレゼントされてしまった。しかも帰り際マンゴーまでいただいて・・・。カミサンからも、ちゃんとお礼しなさいよと言われている。
本、読んでみようっと
2ケ月半ぶりにブログ書きました。
うつ状態になったことは恥ずかしいことと思っていましたが、今回正直に曝け出してスッキリしました。
「このままでいい」と思うことで、心が吹っ切れた感じです。ブログは毎日はきついけれど、出来るだけ続けたいと思っていますので、またお読みください。