日々の寝言~Daily Nonsense~

カズオ・イシグロ「私を離さないで」の二つの物語

カズオ・イシグロの傑作のひとつ
「私を離さないで」については、
すでに何度か書いているが、
今回、一橋大学の安藤和弘さんの論文を読んで
ちょっと衝撃を受けた。

安藤さんは、この小説では、
二つの物語が同時に語られている、という。

ひとつは、キャシーとトミーの愛、
キャシーとルースの友情
についての表の物語り。

ルースの存在によって
紆余曲折はあったものの、
キャシーとトミーは最後には結ばれた、
というものだ。

これに対して、もうひとつの裏の物語として、
キャシーのルースに対する憎しみが。
目立たないように語られているという。

これを読んで、あぁそうか、なるほど、
と思った。

もうひとつの物語とは、キャシーによる、
ルースとトミーへの復讐だ。

キャシーのトミーへの愛情は
確かなものだと思うが、
しかし、それは、キャシーがトミーを
憎んでいなかったということにはならない。

キャシーとルースの友情もまた
確かなものだと思うが、
それは、キャシーがルースを
憎んでいなかったということにはならない。

愛憎とはうらはらなものだ。

ルースとトミーの二人の介護人として、
二人の最期を看取り、そして、
ルースから託された「猶予」という夢が
存在しないことを明らかにするキャシー。

そして、物語のラストでは、
トミーとの思い出にひたることを
自らに禁じる。

そこにあるのは、キャシーの、世界に対する
ある意味ではものすごく残酷な視線だ。

キャシーはその自らの残酷さを、
表の物語の中に隠蔽する。

カズオ・イシグロ得意の
「不誠実な語り手」「捏造される記憶と物語」。

あー、ぞくぞくする・・・

映画では、裏の物語は
ほとんど抑制されていると思う。
たぶん、意図的に封印したのだろう。

でも、もう一度本を読み直して、
映画も見直してみないと・・・
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