「解雇の金銭解決」を取り上げていた。
不当解雇で裁判になったときに、
復職だけでなく、金銭的解決も可能にする
という法律改正らしい。
アベノミクスの成長戦略の一つで、
推進派の八代さんは、
人材活用とか、中小企業のケースの救済、
成長産業の創出、などと言っていたが、
あれはまやかしだ。
経済界から提案があったということは、
大企業の「追い出し部屋」に居るような人を
解雇しやすくするのが
とりあえずの目的と考えるのが自然だろう。
グローバル競争で社会の変化が激しい現在、
大企業がリストラして変化してゆきにくいのは、
確かに問題ではある。
終身雇用、就社から、
ジョブ雇用、就職へ。
雇用流動化は、いったんうまくゆけば
社会全体の人材活用につながるので、
悪いことではないし、聞こえは良い。
しかし、大企業でも、今迄の枠組みで
しっかり対応しているところもあるのだし、
経営の怠慢を法律でごまかそうとしている
ような感じもしなくはない。
そもそも、法律など変えなくても、
優秀な人は自然に流動するようになっている。
だから、「人材活用のための法律改正」
というのは嘘だと思ったほうがよい。
さらに、「人材活用」と言えば聞こえはよいが、
要するに、その人の能力ぎりぎりまで働かせる、
ということでもある。
搾れるだけ搾る、というのと紙一重。
スキルに応じて報われる社会は、
確かに、スキルのある人には幸せだ。
しかし、どんなスキルでも才能というものはある。
努力が足りないと言うが、
誰もが上級者になれるわけではないのも自明なことだ。
上から何パーセントかが上級者と呼ばれるわけだし。
適性にあった仕事でも、
中から下のレベルまでしか
スキルが上がらないこともあるだろう。
厳しい競争の中で戦って、
平均以上のスキルを維持できれば、手厚く報われる。
そうでなければ、どこからも邪見にされて、
貧しく暮らしてください、ということだ。
適性で分けて、それぞれの中で
上位50%が手厚く報われるとすれば、
日本全体であまり報われない人が50%いる、
ということになる。
それで社会の経済成長があったとしても、
社会として幸せなのだろうか?
人材活用の効率を求めるのは、
資本主義社会の論理であって、
人間の幸せの論理ではない。
でも、ほかにどうやって
富や資源を分配するのかについての代案が無い。
結局、最後はいつもここに戻ってきてしまう。
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