つくしが名乗る前から当然のように名前を知っていた。
都内の一等地にそびえ立つ巨大なビルは一面ガラス張りの外壁で、周囲の老人院ビルを映し出していた。ひるむなと言う方が無理なほどの存在感を感じさせるこのビル。大理石で出来た床は顔が映り込むほど磨き抜かれており、つくしは支社長専用のエレベーターの前に立ったとき、思わず床に映る自分の顔を覗き込んでいた。
エレベーターで上がった先にあるのは、大企業の典型とも言えるような作りの広い空間だった。あまりにも広すぎてつくしが暮らしているマンションの部屋がすっぽりと収まるのではないかというほどだ。
重厚感溢れるホワイエと言われる空間。
その中央には大きなテーブルが設えてあり、飾られた花瓶には様々な花が芸術作品のように生けられていた。
その先に見える廊下の最奥、両開きの扉は押し開けるだけでも力がいりそうだ。
つくしは自分の前を歩く男によって押し開けられた扉の向うへと足を踏み入れた。
道明寺ホールディングス日本支社の支社長室は威圧的だと言われる趣がある。
そこにある途方もなく大きなテーブルは、ここで会議が開かれるときに使われるのだろう。
司はつくしをテーブルに導くと、彼女のために椅子を引いた。
やがて運ばれて来たコーヒーの芳しい香りが、つくしの嗅覚を刺激した。
「西田。牧野にこの男の正体を説明してくれ」
「この男性は川森健一と言い、K製薬という製薬会社に勤務しています」
秘書は言うと男の写真をつくしに手渡した。
「製薬会社ですか?それって優紀とおなじ業界の人間?」
優紀が言っていた道明寺司に似ていると言われた男の写真。
つくしは目を落として写真を見たが少し驚いたような表情をした。
「あの、この写真って・・その人の写真ですよね?」
「ええ。そうですよ、牧野様」
秘書の男は淡々と答えた。
「で、でもそんなにそっくりには見えないんですが?」
と、つくしは司を見た。
「やはりそう思われますか?この写真は髪型が支社長とは異なりますが、似ていると言われればそうかもしれません」
やはり牧野もそう思ったのかと司は頷くと、先を促した。
「K製薬は東京証券取引所一部上場企業です。資本金は約210億。昨年の売上高は3000億程の準大手の製薬会社です。3000億と言えば、日本では大企業と言われますが、製薬業界では準大手になります。何しろ製薬会社は多いですから大手と呼ばれるのは5000億以上の売り上げがある会社となります。
この会社は以前、業界屈指の営業部隊と呼ばれるMR(Medical Representative 医薬情報担当者)を大勢抱えていました。以前と申しましたのは、今はそれほど多くのMRはおりません。かなりの数を減らしております」