鉾田陸軍飛行学校監的所 2022-03-09 19:32:15 | 戦争遺跡 太平洋戦争当時、爆撃機の射撃や砲撃などの訓練を監視した 監的所だ。 この戦争遺跡は鉾田市汲上の県道脇に残る。 1939年の鉾田陸軍飛行学校の設置に伴い造られた。 監的所の出入り口
湯の花トンネル列車銃撃空襲 2022-01-05 12:14:19 | 戦争遺跡 太平洋戦争末期の1945年8月5日 この場所で米戦闘機群による日本で最大規模の 旅客列車襲撃空襲がおきました。 8月2日の八王子空襲で中央本線が普通になった後 三日ぶりに新宿発長野行き列車が浅川駅(現高尾)を 出発し湯の花トンネルにさしかかったとき、硫黄島から 飛来してきたP51スタングの銃撃を受けました。
陸軍 射撃場(宇都宮 2022-01-04 11:58:56 | 戦争遺跡 鶴田町に射撃場の跡地があります。 明治時代に造られた独特の高い土塁で三方を囲み 最大距離600メートルの射撃で、主として小銃の 基本射撃訓練に使用されたそうです。
東京湾要塞 千代ヶ崎砲台2 2021-12-18 05:58:50 | 戦争遺跡 千代ケ崎砲台は東京湾要塞を構成した砲台のひとつで 江戸時代後期に会津藩により台場が造られた平根山に 1892年から1895年にかけて陸軍により建設されました。 東京湾要塞の中での任務は観音崎の砲台群の側防と浦賀湾前面 海域の防御で、対岸の富津元洲砲台とともに援助砲台に位置づけ られました。 千代ヶ崎砲台は、28センチ榴弾砲と呼ばれる大口径の大砲が 備えられた榴弾砲砲台と小口径の加農砲などが備えられた 近接防御砲台で構成されていました。 謎の部屋があるようだ(学芸員さん談) 高塁道へ行く通路 近接防御砲台への通路 民有地に残る換気孔(現駐車場は掘り下げられたようだ)
東京湾要塞 千代ヶ崎砲台1 2021-11-22 06:53:28 | 戦争遺跡 千代ケ崎砲台は東京湾要塞を構成した砲台のひとつで 江戸時代後期に会津藩により台場が造られた平根山に 1892年から1895年にかけて陸軍により建設されました。 東京湾要塞の中での任務は観音崎の砲台群の側防と浦賀湾前面 海域の防御で、対岸の富津元洲砲台とともに援助砲台に位置づけ られました。 千代ヶ崎砲台は、28センチ榴弾砲と呼ばれる大口径の大砲が 備えられた榴弾砲砲台と小口径の加農砲などが備えられた 近接防御砲台で構成されていました。 柵門 土塁 塁道 貯水所 棲息掩蔽部 砲側弾薬庫 高塁道(奥の通路) 砲座