碓氷線 第六橋梁は ここ
横川と軽井沢を結ぶアプト式鉄道が開通したのは1893年でした。
すでに上野~高崎間は1884年に開通し、1886年から1888年には
直江津~軽井沢間が開通していたので、これにより東京と信越を結ぶ鉄道が
完成しました。
碓氷峠越えの鉄道は、群馬や長野の蚕糸業に大きな影響を与えただけでなく
近代日本の工業化の推進にも重要な役割を果たしました。
この碓氷線に残された橋梁の1つがこの第5橋梁です。
アーチ径間11メートル、高さ8.8メートル、頂部長さ15.8メートル
補強のため橋台をコンクリートで固めアーチをひとまわり小さくしています。
横川と軽井沢を結ぶアプト式鉄道が開通したのは1893年でした。
すでに上野~高崎間は1884年に開通し、1886年から1888年には
直江津~軽井沢間が開通していたので、これにより東京と信越を結ぶ鉄道が
完成しました。
碓氷峠越えの鉄道は、群馬や長野の蚕糸業に大きな影響を与えただけでなく
近代日本の工業化の推進にも重要な役割を果たしました。
この碓氷線に残された橋梁の1つがこの第5橋梁です。
アーチ径間11メートル、高さ8.8メートル、頂部長さ15.8メートル
補強のため橋台をコンクリートで固めアーチをひとまわり小さくしています。
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