はな to つき

花鳥風月

桜の下にて、面影を(11)

2019-07-05 22:27:58 | 【桜の下にて、面影を】
西行という人物は、本当に興味をそそられる人物である。
西行研究会に属さずとも、日本人であれば誰でも一度は耳にしたことのある名であろう。
歌僧、出家者、放浪者、北面、平清盛の友人、まことにさまざまなイメージを持つ偉人である。 
元永元年(1118)から文治六年(1190)二月十六日に、
『願わくは 花の下にて 春死なむ その如月の 望月のころ』
という、一見辞世の句のように思える代表歌そのままに息を引き取った生涯。
残した歌は、二千首を超える。
西行とは出家後の法名で、それまでの俗名は佐藤義清(さとうのりきよ)。

他界して後、勅撰和歌集『新古今和歌集』に、集中最多の九十四首が選ばれたことをきっかけに、その名は一躍歌壇のスターダムにのし上がる。
のんきに歌を詠い旅を続けた自由人のようなイメージが付き纏うが、まさに平安だった貴族社会から武家社会へと移行する激動期に、激変の胎動を感じながら世を憂い、親しき者を喪くし、恋に挫折し、人生に苦悩していたという、現代人と実に親和性の高い人物だ。
その苦悩は、『古の人の、昔の悩み』などではなく、そのままするりと現代人にも共感できる悩みである。
そんな西行を謎めいた人物に仕立て上げている最大の要因は、「出家説」だ。
複数の仮説が立てられている二十三歳での出家という謎によって、西行像はヴェールに包まれているのだ。
『政治原因説』『厭世説』『失恋原因説』、はたまた『男色原因説』などというものまで、それはもう言いたい放題なくらい諸説ある。
単純にそのうちの一つが真で、それ以外が偽ということではなく、複合的な結果というのが現実的な考え方なのだろう。
とはいえ、その中でもトリガーとなった最大級のきっかけはあったはずである。
『政治原因説』はどうだろうか。
これは貴族政治の衰退から武家政治への社会変革、そしてそれによる争乱勃発の必然性を予測して、そこから回避するために出家したというものだ。
平たくいえば、『近々物騒なことが起きそうだから、その中心地の北面なんぞにいたら面倒ごとに巻き込まれる。
だから北面を抜けて出家しちまおう』といったところだろう。  
しかしそれは、その後の西行の事蹟を見ても、ちょっと考えられないほどのチキンさである。
そのような外的要因ではないもっと根源的で内面的なもの、言い換えれば彼の人間性からは、やはり『出家説=政治原因説』という説は取りにくい。
何か途方もない行動を起こす時、人は論理ではなく感情が動くと相場が決まっている。
感情が大きく揺さぶられること。
それは、恋愛。
今も昔も、老いも若きも変わらない、人生にべっとりとくっついてくる、手を焼き続ける大問題。
それが、叶う可能性が絶望的に0%に近い悲恋であればあるほど、人は燃えるものだ。
その可能性を秘めていると言われるのが、中宮待賢門院璋子(たいけんもんいんたまこ)、その人との邂逅だ。
その激しく、熱く、そして憧憬さえ抱いてしまうほどの一途な想いを抱かせた、生涯プラトニックの魔法をかけてしまうことになる張本人だ。
この出会い以上に、北面時代の西行に影響を与えたものも、恵みを与えたものもないだろう。 
女院(にょういん)への恋心。
神と人間ほどのステージの異なり。
天と地ほどの身分隔絶の下の恋。
絶対に叶うことのない恋。
現世においては、究極的に倫理に悖る(もとる)恋。
三重苦、四重苦どころの騒ぎではない。
しかし難攻不落であるほど燃え上がるのが、人間の性というものでもある。
ここから一気に、浮世を捨てて、何もかもを捨てて、それはもう捨てて、捨てて、捨てまくり、二十三歳の佐藤義清(さとうのりきよ)は、出家に向かってひた走りに走り出したのだ。
『プラトニック西行』、誕生の瞬間だった。
それはもう、「ローマの休日」も真っ青な物語だ。
いつの世も人は恋に翻弄される。
西行も恋に翻弄される。
だから西行は、いつの世の人にも共感されるのだ。
「お説、ごもっともです」
寂超は、聞き飽きるくらいに聞かされてきた説に、言い飽きるくらいに投げつけてきた一言を返した。
「ご静聴に感謝申し上げます」
そんな寂超の言葉などどこ吹く風で、彼は仰々しくお辞儀をしてからウインクで返礼した。
まったく女っ気のない寂念の語るラブストーリーは、いつ聞いても、切なくもありおかしくもある。
しかし寂超とは違い、ロマンティストな彼の持論に対して肯定派でもあった苗雅は、
今回も心に灯影を灯すような気持ちで聞いていた。
「いえいえ、いつ聞いても楽しいお話です。そうですね、今回はその線で行ってみるのもよろしいかもしれませんね」
そう言って、まるで寂念の話で決定したかのように今回の目的地を公然にした。
「右京区花園。あの桜を見に参って来ることに致しましょう」

(つづく)

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3 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
こんにちは (鈴木)
2019-07-06 11:21:34
又訪問しました
ブログ拝見してます
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こんにちは。 (はなtoつき)
2019-07-06 23:30:32
鈴木さま

コメントをありがとうございます。
お返しのコメントが遅くなってしまい、申し訳ございませんでした。

ここで、足を止めていただけることに感謝しています。
ありがとうございます。
これからも、いらしていただけたら、うれしいです。
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こんにちは。 (はなtoつき)
2019-07-06 23:30:43
鈴木さま

コメントをありがとうございます。
お返しのコメントが遅くなってしまい、申し訳ございませんでした。

ここで、足を止めていただけることに感謝しています。
ありがとうございます。
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