雨の記号(rain symbol)

韓国ドラマ「病院船」から(連載12)





 韓国ドラマ「病院船」から(連載12)






 「病院船」第1話➡病院船に導かれし者⑫




★★★
 ウンジェは我に返った。周囲のスタッフを見た。
「19時5分、ご臨終です」
 後ろでドクターが言った。
「やめてください」
「…」
「死亡宣告までしなくていいです」


 ドクターは治療具を外すよう指示を出す。
 ウンジェは呆然として動かない。


 母と交わした電話でのやりとりがウンジェの脳裏をめぐっていた。あれが最後の電話となってしまった。
 あの時、どうして母の用向きを拒んでしまったのか。ただただ母の顔が見たくなかった。一緒に連れている人がいると思うとなお嫌だった。




―今、ソウルにいるのよ
―何の用で?」
―ええ。悪いんだけど…
 ロビーから二階を見やるとウンジェが携帯を握って歩いている。
 ヘジョンはせわしそうに歩くウンジェを目で追った。
―まさか―また患者を連れてきたの?
 ウンジェはウンジェを追ってエスカレーターに乗った。
―そうなの。じつはその患者は…
―母さん。島民の世話を焼くのも大概にして。こっちの身にもなってよ




 母は1人で自分の病気を相談したかったのかもしれなかった。
 深い後悔がウンジェの脳裏をぐるぐる回っていた。


 ―あの日、島から来た患者は母だった。私がもう少し、母の話を聞いていたら、母のために何かできたかもしれない。


★★★
 
―私が医者として母にしてあげたことは死亡宣告だけだった。
 ウンジェは大地に膝から崩れ落ちた。沈んでいく夕日に目をやった。力なく項垂れた。
―私は母の死に涙を流せなかった。泣く資格がないとそう思ったのかもしれない。


 朝がやってきた。病院船は今日も離島への診療に出た。
 デッキのテーブルではヒョンとジェゴルが歯を磨きながらくつろいでいる。2人は同じ方向へ目をやる。
「辛そうだな…」
「大丈夫か?」
 同情されていたのはジュニョンだった。ジュニョンはトイレから出てきた。船酔いにはまだ慣れてないらしい。
 ジュニョンは2人を見てぼやく。
「何が遊覧船だよ。まったく…」
 また吐きそうになって中へ引っ込む。オエッ、オエッと吐いている。




 病院船は島に着いた。島民への診療が始まる。
 韓方医のジェゴルも患者を診療する。
 ベッドに横たわっていたおばあちゃんが悲鳴を上げる。
「いきなり刺さないでよ。痛いじゃないの」
「はい」
 しかし、ジェゴルが針を動かすとまた悲鳴を…!
「痛い、痛い。この医者は私を殺す気なのかい?」
「先生…」
 看護師のピョ・ゴウンはぼそぼそした声で言う。
「針を刺す前は優しい声で知らせてあげてください」
「声をかけても痛みは同じでは?」
「…」
「次の人」
 ジェゴルは診療を終える。
 診療がストレート過ぎるとベテラン看護師は呆れた。経験を重ねれば扱いが上手になっていくだろう。苦言はよして歯科のカルテに何気なく目をやる。
 ゴウンは慌てて歯科に駆け込む。
「ストップストップ!」
 ゴウンが駆け込むと、抜歯は始まる寸前だ。ゴウンはジュニョンを別室に連れて行った。
「あの患者は、糖尿と高血圧と高脂血症の薬を服用中の患者です」
 ジュニョンを口を大きく開ける。反省顔になる。
 ゴウンはジュニョンの右手を握った。
「抗血栓薬を服用中に抜歯したら、患者はどうなりますか?」
「…止血できませんね」
「医療事故になりかねませんよ」
「すみません。船酔いでどうかしてました」 
「そんな言い訳は今後通用しませんからね」
 ゴウンは怖い顔を残していってしまった。
 看護師はジュニョンのミスを事務長に報告した。事務長は嘆息した。
「まいったなあ…」




 病院船の停留する埠頭へ子供を抱いて老人が駆け込んでくる。
「先生、子供を助けてください」
 ヒョンが子供をベッドに寝かしつけ、診察にあたった。
「腹が痛いと言ってのたうち回ってるんだ」
 老人はそばでその時の様子を話した。
 ヒョンは老人の話を聞き、子供に話しかける。
「名前は何というの?」
 横で老人が答える。
「ウジン、ソ・ウジン」
「ウジン、具合はどう? 診させてね」
 シャツをまくり、お腹の触診をする。へその下、右側を軽く押すと子供は泣き出した。
「盲腸だって?」
 事務長、ゴウン、ジュニョンらが駆けつけてくる。ジェゴルも診療室を出てくる。
「先生、何事ですか」
 子供を抱いて駆け込んできた老人が訊ねた。
「急性虫垂炎です」
「深刻ですか?」ゴウン。
「2センチくらいで熱も高い。病院ですぐ手術しないとだめです」
 びっくりして老人は叫んだ。
「手術って先生、孫はどうなるんだ?」
 ゴウンが説明する。
「心配しないで、ヘリコプターですぐ搬送しますから」
 事務長が携帯で連絡を入れた。
「困ったな」とゴウンを見た。「強風でヘリコプターが飛べないそうだ」
「時間がありません」
 ヒョンが事務長を見て言った。
「すぐに手術しなければこの子は…」
「どうなるんだ?」と老人。「手術しないとどうなるんだ?」
「…」
 子供は泣き出している。
「死ぬのか?」
 そこに集結した医療スタッフは誰も答えられない。
「助けてくれよ」
 老人はゴウンにつめ寄る。ヒョンを見て切り出す。
「先生が手術すればいいじゃないか。やってくれ。頼む」
 首をしめかねない勢いだ。周囲のスタッフが老人をなだめる。
「おじいちゃん、落ち着いて」
 事務長が言った。
「手術はできません」
 老人はジェゴルやジュニョンに頼んだ。
「先生がやってくれ」
 黙っていると老人は天を仰いだ。
「目の前に3人も医者がいるのに、何もできないのか…このまま黙って見ているしかないのか~!」
 その時、後ろの方から声がかかった。


「いいえ、手術はできます」
 みなは一斉に入り口を見やる。
 ウンジェが私服姿でそこに立っていた。
 彼女は子供の横たわるベッドに進み出てくる。子供の手を取ろうとする。
「何するんですか」
 ヒョンがその手を取った。
 ウンジェはヒョンを見つめ返した。
「今日からこの病院船で外科医を務めるソン・ウンジェです」




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