雨の記号(rain symbol)

韓国ドラマ「病院船」から(連載216)

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  韓国ドラマ「病院船」から(連載216)



「病院船」最終話➡好きだから⑦
★★★


 ヒョンは診療室に戻ってきた。ドカッと椅子に腰を落とした。ショックと動揺がヒョンの脳裏を走り回った。
 このため、彼女は自分の前から去ったのか。ここを去る直前、彼女の見せた態度や行動が妙だったのにも得心がいく。
 しかし、なぜ? ヒョンは拳を握った。椅子にもたれかかり、天を仰いだ。目を閉じた。大きく息を整えた。
 携帯を引っ張り出した。
 ウンジェに電話を入れた。
「出てくれ…」
 祈る思いだった。
 しかし、ウンジェは出てくれない。ヒョンはうな垂れた。肩を落とした。携帯を投げ出した。
  
 仕事を終え、途方に暮れて部屋に戻ると携帯が鳴った。


★★★


「ヒョンさん、電話をくれた?」
 携帯から流れ出たのはソン・ウンジェの弟の声だった。
「講義中は電源を切ってたんだ」
「そうか…」
「最近はどうしてる? 姉さんも元気?」  
 ヒョンは戸惑う。
 彼女は肉親たちにも連絡入れないで雲隠れしたままなのか…。
 ヒョンはウンジェについて何も説明できないまま電話を切った。
 散々考え、まさか嘘をつかれた~、と思いつつ一度かけたところに電話を入れた。
「僕をご存じですか? 包み隠さずに…話してください。ソン・ウンジェ先生は今どこに?」 
「実は…うちの病院に」
 ヒョンは夜を突き割きソウルのデハン病院に向けて車を走らせた。




 車の到着を待っていたジュファンはウンジェの病室にヒョンを案内した。
 病室の前でジュファンは説明した。
「ご家族にも隠しているようです」
「…」
「ご覧のとおり、面会謝絶で誰にも会っていません。どうか、責めないでやってください。それはとても出来ないとは思いますが」
 ヒョンはジュファンの話を黙ったまま聞いた。
 ドアを目の前にして立つファンに一礼してジュファンは立ち去った。
 ヒョンはしばしドアの前で立っていた。ジュファンの言葉を噛みしめ、自分の気持ちをなだめていたのだろうか。
 やがて歩み寄りドアの取っ手を握った。静かに開けた。


 ウンジェは頭の位置を高くし、点滴を受けながら目をつぶっている。
 病室はカーテンが開かれ、朝の光で満ちていた。
 ヒョンはゆっくり歩いてウンジェの前に立った。鞄を置き、丸椅子に腰をおろした。
 ウンジェの髪に手を触れる。そっと撫でるとかすかな反応がある。わずかに顔が動き、ウンジェは目を開ける。その顔はヒョンに向けられる。
「気が付いた?」
 ウンジェはびっくりして跳ね起きる。
「横になってて」
 ウンジェはヒョンに背を向けた。目をつぶった。
 目を開け、強い口調になった。
「なぜ―来たの?」
「ソン先生」
「どうしてわかったの? 誰から聞いた?」
「そんなことが君には大事なのか?」
「放っておいて。私の思うままにさせて」
「ソン先生」
 ウンジェは目をつぶる。
「もう帰って」
「ソン・ウンジェ」
 ウンジェは目を背けた。
「早く帰って!」
 全身で拒絶を示し、呼吸を荒げる。
「あんまりだ。なぜ僕に、こんな仕打ちを…?」
 ウンジェは髪を振り乱した。
「いいから、帰って!」
 興奮し過ぎて、ウンジェは口を押える。吐き気に見舞われる。手を押さえてベッドをおりた。点滴を引っ張っり、咳き込みながらヒョンから逃げ出す。そのままトイレに逃げ込んでドアをロックした。
 ドアノブを握ってヒョンは訴える。
「ソン先生。ここを開けてくれ。開けるんだ」
 ウンジェは便器に顔を向け、咳と吐き気を繰り返した。
 ヒョンは悲愴な顔でウンジェに声をかけた。
「大丈夫? 答えてくれ」
 ドアノブを動かして繰り返す。
「開けてくれ」


 ウンジェは答えない。吐き気が静まり、壁にもたれ座り込む。ゼーゼー荒い呼吸をする。
「分かった」ヒョンは言った。「君の望み通りにする。望み通りにするから出て来てくれ」
「…」
「そこは寒いだろう。身体に障る」
「…」
「早く出てきて」
 ウンジェは悲しくも嬉しくて、グスグスと泣いた。
 やがてトイレのドアが開く。表情の緩んだウンジェが出てくる。
「ありがとう」とヒョン。「出て来てくれて」


 ウンジェはヒョンと目を合わさずにベッドに戻った。ヒョンは倒れそうになったウンジェを後ろから支えた。抱いてベッドに寝かせた。
 ベッドで横になったウンジェは目を背けたままでいる。
「こっちを見て。最後まで横顔しか見せないつもりか?」
 ウンジェは目を開ける。
「分かった。好きにして」
「…」
「僕はもう帰るよ」
「…」
「帰る前に見せたいものがある。みんなから預かったからこのまま持ち帰れない」


 ヒョンは鞄を開けた。ノートパソコンを取り出して映像を見せた。
 ウンジェの診療を受けた患者が登場した。
「私よ」
 ウンジェは顔を上げる。
「私が髪を掴んだから腹を立てて―遠くへ去ったんでしょ。あっははは、二度と髪はつかまない。だから…会いたい。必ず戻って来ておくれ」
「…」
「私よ。お酒はやめたわ。先生にすごく会いたい。本当に会いたい」
 ウンジェは目を開けて聞いている。
「気の毒に。小言が言えなくなって寂しいだろ。早く戻って来るんだ。みんな待ってる」
「…」
「塩辛い物や甘い物は控えてるわ…だから早く戻ってきて」


 手話の女の声が聞こえてウンジェは顔を起こした。子供が話し出す。
「戻ってきてください。会いたいです」
 ウンジェはついに身体を起こす。まじまじと映像に見入りだす。
「パク・スボンだ。ジェゴルと一緒に魚を釣った。身体にいいから戻ってきて食べなさい。いつでも歓迎だ」
「…」


「ソン・ウンジェ先生。ハンソルの母です。ハンソルは人工呼吸器を外して退院しました」
 ウンジェは今にも泣きそうな表情になった。
「先生~感謝しています。そしてすみませんでした」
「今度は私たちが先生を応援することで恩返しします」
 ウンジェは泣き出す。 
「先生、戻ってきてください。私たち全員が先生を待っています」
 ヒョンはベッドの縁に腰をおろす。ウンジェの肩に両手を当てた。
「巨済に戻って僕と一緒に闘おう」
「…」

「君のためだけじゃない。君がいないと―僕がダメなんだ」
 ウンジェは涙を流しながらヒョンの言葉を聞いた。
「お願いだ」
「…」
「君の隣が僕の居場所なんだ。だから僕を…突き放さないでくれ」
 ウンジェは涙を流しながらヒョンの胸に顔を埋めた。そのまま泣きじゃくった。
 泣きじゃくるウンジェにヒョンは、彼女の背を手で優しく宥めては頷く仕草を見せた。



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