雨の記号(rain symbol)

 韓国ドラマ「病院船」から(連載214)

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  韓国ドラマ「病院船」から(連載214)



「病院船」最終話➡好きだから⑤
★★★


 その明日が来て2人は船に乗り、いつか来たいい場所へ遠出した。
 思い出の道を手をつないで歩いた。
 多くの人たちが記念写真を撮っている。
「私たちも写真を撮る?」
「君がそんなこと言うって珍しいね」
「人は変わるものよ」
「いいよ。撮ろう」
 ヒョンは自分のポケットをまさぐる。
「いいえ、私ので撮るわ」
 ヒョンはウンジェの携帯を握った。
 海を背景に手をつなぎ、顔を寄せ合った。
「はい、チーズ」
 写真を撮った後、2人はコーヒーブレイクした。
 ウンジェはあまり語らず、ヒョンに笑顔を向けている。
 そんなウンジェにヒョンは切り出した。
「僕に隠してることがあるだろ?」
 ウンジェは顔を起こした。
「何だ?」
 刺すような目で見つめられ、ウンジェは戸惑う。
「話して」
 ウンジェは目を落とす。マグカップを握る。
「話してみて」
「…」
「答えないなら僕が言おうか?」
 ウンジェはギョッとする。ヒョンを見つめ返す。
「行きたいんだろ?」
「…」
「英国へ」
 ウンジェはほっとしつつも寂しげに目を落とす。
「ロンドンの外傷センターで研修を?」
 ウンジェは目をつぶっている。
「違うか?」
「なぜ、それを…」
「だから数日、悩んでたのか?」
「…」
 ヒョンはウンジェの頬に手を当てた。
「こんなにやつれて…水臭いな」
「…」
「引き止められるのが嫌で黙ってたのか? 僕が理解のない男に見える?」
「いいえ」
「だったら、僕が遠距離恋愛に耐えられない浮気者だとでも?」
「そうじゃないわ」
「なら、なぜ悩むんだ。思い切ってチャレンジすればいい」
 ヒョンを見ながら、ウンジェは話すタイミングを失ったのを感じた。
今更”骨肉腫”でもない気分に陥ってる自分がいる。
「ほんとにそうしても~構わない? 私、行ってもいい」
 ウンジェは明るい声で訊ねた。
 ヒョンは笑顔になった。
「毎日、ビデオ通話するなら」
「…」
「これからは僕の顔色を窺わずに何でも相談してほしい。僕は君の力になりたいけど、束縛はしたくない」
「…」
「また涙ぐんでる―知ってるか? 君は強がってるが、涙もろい」
 ヒョンは涙ぐんでるウンジェの頬にもう一度手を当てた。その手にウンジェは両手を添えた。


★★★


 ウンジェたちは赤い灯台の近くまで歩いてきた。夕暮れが近づいている。あの時もこうして歩き、ビールを飲みながら一日遊んで夕暮れを迎えたのだった。
 ヒョンはウンジェの手を取った。
 ウンジェはヒョンを見上げた。
「もしも私がね…」
 ヒョンはウンジェを見つめ返す。
「帰りたくないといったら? 今夜はあなたと2人で…、過ごしたいと言ったら?」
 ヒョンはただ黙っている。
「私はあまりにも軽い女かしら」
 


 眼下に街並を一望できる部屋でウンジェとヒョンは夜を迎えた。2人は窓の外に立った。黙って夜景に見やった。街のネオンも空の星や人の命ののようにまたたきとさざ波を繰り返している。
 やがて2人は互いを見つめ合った。抱き合って命の温もりを感じ合った。
 ウンジェはヒョンの胸に頬を押し付けた。ヒョンの命の鼓動を聞いた。身体を離して再びヒョンと見つめ合った。目をつぶってキスを受けた。ヒョンのキスは長く情熱的だった。
 
 
 翌日、ウンジェは第一病院のキム院長に離職届を提出した。キム院長は静かに頷いた。
「残念だが、君の前向きな決断を尊重せねばな」
「今までお世話になりました」
「ああ。元気でな」
 キム院長は立ち上がって握手を求める。ウンジェも笑顔で応じた。
 廊下に出てくると点滴を引っ張って歩くゴウンと顔を合わせた。
「ソン先生」
 ウンジェは歩いてゴウンの前に立った。
「退職届けを?」
「ええ」
「病院船も辞めるんですか?」
 ウンジェは頷く。
「私に何か話すことは…?」
 ウンジェは黙って目を落とす。
 2人は待合室の椅子に腰をおろした。
 ゴウンはため息をついた。
 ウンジェは言った。
「予想はしてましたが、やはり無理でした」
「何が?」
「秘密保持です。事務長はピヨさんに隠し事しないから」
「…事務長が話さなくても、ソン先生から話すべきでは? 水臭いわよ」
 ウンジェはゴウンに身体を向けた。
「これ以上話が―広がらないようにお願いします」
 ゴウンはしばし黙った。ウンジェを見た。
「どこへ?」
「イギリスへ」
「ソン先生…」
「ゴウンさんもそう思っていてください」
「思えるわけないでしょ。とんでもない話じゃないの」
 ウンジェは苦笑する。
「ゴウンさんは言いましたよね。”ラブ・イズ・エブリシング”― 愛がすべてよ。痛感しました」
 ゴウンは言葉を返せない。
「好きな人がいるんです。彼を思うだけで身体が震えます」
 ウンジェは自分の胸を押さえた。
「そしてここも高まるんです」

 ため息をつく。ウンジェの目元は次第に潤んでくる。
「空や海が青く美しく見えるのも、雑草すらきれいに見えるのも、彼の存在があるからみたいです」
 ウンジェは顔を天井に向けた。濡れた瞳はキラキラ光った。両手で顔を覆った。
 鼻をすすってゴウンを見た。涙目で言った。
「私の身体を蝕んでいるガンはタチ(性質)が悪そうです。肺に転移すれば死ぬ恐れが…生き延びたとしても元気に歩き回れなくなるかも」
「ソン先生…」
「彼の前でこんな自分をさらしたくないんです。美しく健康な姿で彼のそばにいたい」
「…」
「病気で苦しむ姿を見せたくないんです」
 ゴウンは首を横に振った。
「そんなこと言わないで、ソン先生」
「何よりも、彼の―重荷になりたくないんです。すでにたくさんの重荷を抱えている人なんです」 
「…」
「支えてくれる人や頼る人がほしくてこの恋を始めたわけじゃないの。そんな恋なら最初から始めなかった…一緒にいる時に安らぎを与えたかった…彼を癒してあげたくて―始めた恋なんです」
「…」
「だから、このまま彼の前から去りたい」
 ゴウンはじっとウンジェを見つめた。ぽつんと言った。
「カッコいいわ」
「そうありたい」
「でも残酷ね」
 ウンジェは切り返した。
「元からです」
 ゴウンはウンジェに身体を寄せた。姉御の契りで抱きしめた。
 ウンジェはゴウンに抱かれ本当の妹のように泣きじゃくった。


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