雨の記号(rain symbol)

韓国ドラマ「病院船」から(連載213)

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   韓国ドラマ「病院船」から(連載213)




「病院船」最終話➡好きだから④
★★★


 ウンジェは手術衣を着て手術室にやって来た。手術台に座って物思いに沈んだ。患者のように横になって物思いに沈んだ。
 横になって無影灯を見つめあげる。いつも生と死の際に立ってメスを握ってきた自分。訪れる死を迎える準備はいつでも出来ている。怖くも悲しくもないがなぜか涙が目尻から流れ落ちる。
 ウンジェは身体を起こした。左足のパンツをたくし上げる。レントゲン写真で暗い影を印した部位にポビドンヨードを塗った。その上から手術用のシートをかぶせた。その上から麻酔薬を打った。メスで肉片を切り取り、血液を採取した。
 それを持って巨済第一病院の検査科に顔を出した。
「ソン先生、どうかしましたか?」
「骨肉腫が疑われる患者の検査をお願いします」
 ”組織検査 依頼書”を提出する。
「名前は”X”ですか? どうしてです?」
「匿名を希望する臨床試験の参加者です」
 検査科のスタッフはそれが当人だと気づかず得心する。
「かかる時間はどのくらいです?」
「1日―急ぎましょうか?」
「明日の午前中で」
「頑張ってみます」
「お礼はコーヒーで」
 ウンジェは脚を引きずりながら検査科を後にした。
 廊下を歩いている時、携帯が鳴り続けた。しかし、ウンジェは誰であれ電話に出るつもりはなかった。
 しかし夜通し、ヒョンからの電話は鳴り続けた。
 そして朝がやってきた。
 検査科からは予想より早く結果がもたらされた。
「やっぱり骨肉腫でした。がん細胞の中でもタチが悪く、肺に転移したら生存率はかなり下がります。ご希望の時間より早く結果を出しました―コーヒーが楽しみです」
 ウンジェは”コーヒーが楽しみです”の一文に苦笑しつつ、サバサバした表情で病院を後にした。


★★★


 ヒョンはウンジェの帰りを寮の外で待ち続けた。
 ようやくウンジェは帰って来た。ヒョンはウンジェに歩み寄った。
「どこに行ってた?」
「救急室よ」
「呼び出しか?」
 ヒョンの目を避けてウンジェは頷く。
「なぜ電話に出ない」
「疲れてるの」
 ヒョンは寮に向かおうとするウンジェの腕を取った。
「ソン先生」
 ウンジェは顔を顰めて振り返る。
「疲れてるのよ!」
 ウンジェは強引にヒョンの手を振り切った。そのまま寮に消えた。
 ヒョンは黙ってウンジェを見送った。


 
 ヒョンはジェゴルやジュニョンと一緒に病院船に出勤する。
 車を降りてジュニョンが訊ねた。
「ソン先生を見たか? イギリスへ行くって?」
 ヒョンは答えずに先に立つ。
「何か言ってよ」
「おいおい、待てって」
 追いついてきたジェゴルがジュニョンを制す。
「空気を読めよ。人の恋愛に首を突っ込むな」




 病院船はいつもの診療風景が戻っていた。
 ヒョンは言った。
「…きちんと薬を飲み続けてください」
「はい」
「気をつけて」
 患者はヒョンに頭を下げて帰っていく。




 ヒョンの診療室からはウンジェの診療室が見える。ウンジェはいつもどおりの笑顔で患者に対している。
「異常はありません。お気をつけて」
 しかし、患者を送り出すとウンジェの表情はとたんに暗く沈んでしまう。ヒョンはため息をつくウンジェを目にした。
 やはり何か変だ。ヒョンも物思いに沈んだ。


 
 ウンジェは1人で散歩に出た。夜の海に目をやりながら物思いに耽る。
 ヒョンもウンジェの姿を追って寮から出てきた。ウンジェを見つけると離れた場所からウンジェの様子を観察した。
 


 ウンジェは携帯を取り出す。後姿を撮ったばかりの写真付きでメールが届いている。
「そこで宝物でも探してるのか?」
 ウンジェは後ろを振り返る。しかしヒョンの姿はない。写真を検証しようとしてると後ろから抱きしめられた。
「驚かさないで」
「驚いた?」
 ヒョンはウンジェの髪に頬を押し付けた。
「いい香りだ」
「…」
 ウンジェは振り返る。
「明日、どこかへ―行きましょ」
「どこに?」
「いいところへ」
「いい場所へ?」
 ヒョンの目を見つめたまま頷く。
「いいよ」
 ヒョンはウンジェの身体をそっと抱きしめる。抱かれたウンジェは目をつぶった。
 目を開けたウンジェはじっと何かを考え続けている。
 ほんとは…明日なんか来ないで、このままの時間がずっと流れ続けてくれたらいい~と。




 その明日が来て2人は船に乗り、いつか来たいい場所へ遠出した。
 思い出の道を手をつないで歩いた。
 多くの人たちが記念写真を撮っている。
「私たちも写真を撮る?」
「君がそんなこと言うって珍しいね」
「人は変わるものよ」
「いいよ。撮ろう」
 ヒョンは自分のポケットをまさぐる。
「いいえ、私ので撮るわ」
 ヒョンはウンジェの携帯を握った。
 海を背景に手をつなぎ、顔を寄せ合った。
「はい、チーズ」
 写真を撮った後、2人はコーヒーブレイクした。
 ウンジェはあまり語らず、ヒョンに笑顔を向けている。
 そんなウンジェにヒョンは切り出した。
「僕に隠してることがあるだろ?」
 ウンジェは顔を起こした。
「何だ?」
 刺すような目で見つめられ、ウンジェは戸惑う。
「話して」
 ウンジェは目を落とす。マグカップを握る。
「話してみて」
「…」
「答えないなら僕が言おうか?」
 ウンジェはギョッとする。ヒョンを見つめ返す。



「行きたいんだろ?」
「…」
「英国へ」
 ウンジェはほっとしつつも寂しげに目を落とす。
「ロンドンの外傷センターで研修を?」
 ウンジェは目をつぶっている。
「違うか?」
「なぜ、それを…」
「だから数日、悩んでたのか?」
「…」
 ヒョンはウンジェの頬に手を当てた。
「こんなにやつれて…水臭いな」
「…」
「引き止められるのが嫌で黙ってたのか? 僕が理解のない男に見える?」
「いいえ」
「だったら、僕が遠距離恋愛に耐えられない浮気者だとでも?」
「そうじゃないわ」
「なら、なぜ悩むんだ。思い切ってチャレンジすればいい」
 ヒョンを見ながら、ウンジェは話すタイミングを失ったのを感じた。
今更”骨肉腫”でもない気分に陥ってる自分がいる。
「ほんとにそうしても~構わない? 私、行ってもいい」
 ウンジェは明るい声で訊ねた。
 ヒョンは笑顔になった。
「毎日、ビデオ通話するなら」
「…」
「これからは僕の顔色を窺わずに何でも相談してほしい。僕は君の力になりたいけど、束縛はしたくない」
「…」
「また涙ぐんでる―知ってるか? 君は強がってるが、涙もろい」
 ヒョンは涙ぐんでるウンジェの頬にもう一度手を当てた。その手にウンジェは両手を添えた。
 

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