雨の記号(rain symbol)

マッスルガール第1話(2)


マッスルガール第1話(2)


「わかりました」
 解散を申し出て頭を下げる梓に団員の一人は言った。
 リングマットからおりてきた。
「最後の興行、白鳥プロレスの名に恥じない試合にします」
 梓は顔をあげた。
「舞・・・!」
 舞は三人を振り返った。
「じゃあみんな、セッティングするよ」
「はい」
「はい」
 彼女らは興行の準備にかかろうとする。みなへの申しわけなさとあいまいな気分の残ったままの梓はじっと前を見つめたままだった。

 ジホは母の行方を探し歩いていた。
「東京足立区八ツ森・・・」
 しかしそこは空き地になっていた。手がかりはここまでだ。これ以上は探しようがない。
ジホはあたりに目をやった。
「どうしたものだろう・・・!」 
 ため息をつき、ただ途方に暮れた。


 途方に暮れることでは梓も同じだった。
 興行当日だというのに、白鳥プロレスではレフリーが制服と辞表をおいて姿を消していた。
 それを見て一人が叫んだ。
「ふざけんな! 何でこのタイミングで逃げんだよ!」

 その頃、逃げた男は青薔薇軍の女から金を受け取っていた。

 荒れ狂い、レフリーを追いかけようとする一人を四人がかりで制して梓は言った。
「みんなは会場の準備をして。私が内田さんを連れ戻す」
 梓は外へ飛び出して行った。まだそう遠くへは行ってないはずだ。そう信じて彼の行方を追った。
 近所を探し回っているうち、梓は内田に似た男が牛丼店の中でガラス越しに背中を向けているのを見た。
「いた!」
 内田に間違いない。彼女はそう思いこんで牛丼店に入っていった。

「キムチ牛丼のお客様。お待たせいたしました」
「あっ、はぃ」
「ごゆっくりどうぞ」
「ありがとうございます」
 腹を空かしているジホは牛丼をガツガツ食べだした。梓は後ろからその首に腕をねじこんだ。


「何で逃げたんですか! 出しなさ~い!」
 そう言って首をしめあげ、帽子とサングラスを取ったまではよかったが、見ると顔が違う。相手は見知らぬ男(ジホ)だった。
「違う・・・! ああ、だめだ、もう・・・!」
 人違いと絶望で落胆している梓の横で、プロレス技で首をしめあげられたジホは苦しそうに咳き込み続けた。しかし、喉を押さえて苦しそうにしながらもジホは梓に気を配った。
「大丈夫ですか?」
 落ち込んでいる風の彼女を見てもう一度言った。
「may I help you ?(どうかしましたか?)」
 ジホの言葉をぼんやりと耳にした梓だったが、ハッと思いついたように切り出した。
「イエス。ヘルプ。ヘルプ、ミー」
 そう続けながらジホにすがりついた。
「ちょ、ちょっ・・・!」
 そんな梓にジホは面食らった。

 そしていよいよラストマッチの開始時刻となった。
 梓はラストマッチの挨拶に立った。
「本日は白鳥プロレス道場マッチにお集まりくださり、ありがとうございます。今まで応援してくださったみなさまの、ご恩に報いるためにも・・・
「レフリーなしでどうするつもりですかね・・・」
 客席に陣取った青薔薇軍の配下が郷原に話しかけている。
「今日は最高のファイトをお見せします」
 盛大な拍手がわいた。
 梓は笑顔になり、観客にぺこりと頭を下げた。そして呼びかけるように言った。
「レフリー、リングイン!」
 盛大な拍手に迎えられて登場したのは、サングラス姿のジホだった。
 その姿は自信なさげで頼りなかったが、梓はジホに近づいて耳打ちした。
「ハッスルとファイトだけでいいから頼んだわよ。危ないから外して」
 顔からサングラスを外されて、ジホはうろたえた。しかし、そのままゴングは鳴った。



 観客に顔をなるべく見せないようにしながら、ジホはコソコソとレフリーを務めだすが、試合の誘導はままならず、選手の間でおたおたしたり、投げられた選手の下敷きになったりで、さんざんな内容である。しかし、逆にそれを面白がって観客はわいた。するうち、ジホはリング下に転落した。ダウンして失神寸前になった。観客は立ち上がってそんなレフリーに「いけ! いけ!」と声援を送った。
 観客の声援に応え、梓はダウン寸前のジホの身体を舞と二人がかりでリングにかかえ入れた。選手は選手でそんなレフリーを勘違いして攻撃する始末だった。
「わぁっはははっ!」
 観客はわきにわいた。
 ジホの被虐的な活躍が幸いして、白鳥プロレスのラストマッチは大盛況で幕を閉じた。
 カウントを読み上げるように腕を振ってジホは身体を起こした。
「気がついた?」
 一人から声がかかった。
 団員はすでに夕食を囲っていた。ジホは食堂のソファに寝かされていたのだった。
 梓は意識を取り戻したジホに言った。
「今日はありがとう。あなたのおかげで最高に盛り上がった」
「メシ食っていけよ」
「そうだよ」
「みんなで戦った仲じゃん、ねえ?」
「うん」
 ジホの前に大盛りのごはんとおかずが並べられた。
 戸惑っていると団員から声がかかった。
「食べなよ、はやく」
「そうだよ」
「食べ食べ、はやく」
 一口食べてジホは言った。
「美味しいです!」
 それを聞いて笑い声が溢れた。
「たっくさん食べてね」
「あっ、ところであんた、どこの国の人?」
「名前は?」
「韓国です。名前は・・・!」
 ちょっとためらってから、
「名前は・・・名前は・・・」
 キムチ・チゲを見てジホは答えた。
「キム・チゲです」
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