マッスルガール第2話(3)
「そうか・・・」
ジホの言葉につかさは唇をすぼめ、ちょっぴり残念そうにした。
「じゃあ、何かお礼させて」
ジホはちょっと怪訝そうにする。
「あっ、最中あげる」
つかさが買い物袋の中をまさぐっていると、ジホは何気にその袋を見た。
じっと見ているうち、ジホの脳裏に浮かび出るものがある。この袋と同じものを手にしてあの女性は歩いていた。
ジホはつかさの手にした袋のロゴマークを覗きこんだ。袋をつかんだ。
「つかささん、これ、どこですか!?」
その頃、黒金社長は姿を晦ましたジホのことで対応に追われていた。
「いやー、ほんとにこのたびはご迷惑を・・・何が、ってね、食あたりのようで、食あたりでないような・・・! ・・・あの、盲腸のような説もございましてね・・・まあ、ともかく、念には念をいれまして・・・いえいえ、三ヵ月後のキャンペーンまでには万全の体制で臨みますんで、そのへんはご期待いただいて、はい、このたびはほんとにもうしわけございませんでした」
電話を切って、黒金はため息をついた。
そこに所員から声がかかった。
「社長!」
「何だ!? 悪い報せならもういらないぞ!」
「いい報せです」
黒金は、ジホが見つかったのか、という顔になった。
ジホはつかさが手にしていた買い物袋の店をつかさに教えてもらって張り込んだ。そこは和菓子の店だった。
店から母子連れが出てくる。
「ねえねえ、ママ・・・! 今日ね」
「うん」
「僕、三個だからね」
「わかったよ」
「でもね、一個、一個ねえ・・・ママに分けてあげる」
店を出てきて通り過ぎる母子連れを眺めながら、ジホは母と二人で過ごしていた頃を思い出した。鼻歌をうたいながら、夕餉の支度をする
母の横顔はとてもほがらかで楽しそうだった。そんな母を見ていると自分も幸せを感じた。
それだのに自分は・・・母だったかもしれない人を探しきれないでいる自分にくやしさと惨めさを覚えているジホだった。
ジホは夜が来るまでその店の前で張り込んだ。しかし、時間だけがいたずらに過ぎていくだけだった。
そして、店の明かりを落としてしまった。
とうとうダメだった・・・!
「母さん・・・」
あきらめきれずじっとそこに立ち尽くしていると、横から声がかかった。
「もう、お店終わったよ」
つかさから話を聞いてやってきた梓だった。
「まだ、夜寒いから」
持って来たマフラーをジホの首にかけてやりながら梓は言った。
かいがいしく自分を気遣ってくれる梓の姿に、ジホは母の姿を重ねた。
「ジホ、今夜は冷えるそうだから、ほら、風邪引かないようにしなきゃ」
「母さん、子供じゃないんだから大丈夫だよ」
「何で、私にかけるの」
「母さんがしててよ」
「この子ったら」
「じゃあ、行ってきます」
日中、ジホを見かけた女性から情報でも得たのか、黒金社長はジホの所在を探り当てていた。
車の中からこっそりジホの姿をうかがい見て黒金社長は断言した。
「間違いない・・・ジホだ」
梓は訊ねた。
「ご飯、食べた?」
「・・・」
「みんな、心配してるよ」
「・・・すみません」
「・・・うちに戻ってくる気はない?」
「・・・」
「みんなすごい張り切ってるよ。ネックレス絶対取り返すって」
「・・・」
ジホはいろいろ考え続けている。事務所のこともあるし・・・このまま、名前を偽ったまま、彼女たちのところに戻っていっていいのかどうかも・・・。
「そう」
梓は事情の込み入っているらしいジホの気持ちを汲み取った。
「お腹空いたら、いつでもご飯食べにきていいからね」
ジホはようやく梓を見た。笑顔になった。
「ありがとう、ジホさん・・・!」
「うん」
「みなさんによろしくお願いします」
そこに黒金社長が飛び込んだきた。
「つかまえたぞーっ! もう、逃がさないぞ!」
嫌がるジホをつかまえて離さない男を梓は怪しんだ。
「あんた誰?」
「あんた誰って、俺はな、こいつの・・・」
柄の悪い言い草に、梓はますます怪しんだ。
ジホは叫んだ。
「痴漢、痴漢、この人痴漢です!」
騒ぎを聞きつけ、警官が駆けつけた。
警官も梓も、柄の悪い黒金よりジホの言葉を信用した。
「おい!」
「おい、って何だ!?」
「ちょ、ちょっ、キムを放しなさい」
梓も黒金をジホから引き離しにかかった。
ジホは黒金から逃れた。
黒金はジホを追いかけることができない。警官が後ろから抱きとめているからだった。彼はやけっぱちで叫んだ。
「お前は俺のものだーッ!」
黒金の追跡から逃れたジホは白鳥プロレスのメンバーと夕食を囲っていた。
「心配したよ、キム」
ご飯をよそってあげながら舞は言った。
「黙って出て行くんじゃないよ」
「すみません」
「ほら、早く食べ、お腹空いてんねやろ?」
「さびしくなったら、いつでも寄っていいからね」
「ふん、ほら」
「そうだ、キム。今日もまた泊まっていきなよ」
つかさが言った。
「ベッド、空いてるんだし・・・」
「うん」「うん」
メンバーらの言葉に、ジホはいたたまれないような表情で立ち上がった。
「ご馳走様でした」
「えっ! もう行くの?」
「はい。やらなきゃいけないことがありますから」
そういっていそいで出て行く支度を始めた。
その姿に梓はふと思い当たるものを覚えた。
お母さんのこと大好き・・・ネックレス・・・?
「キム」
梓は訊ねた。
「誰か探してるの?」
ジホは一瞬手を止めた。
しかし、バッグのチャックをしめて立ち上がった。
「もしかしてお母さん?」
「えっ?」
みなは驚きで顔を見合わせたりした。
「でも・・・キムのお母さんって亡くなったんじゃ・・・?」
梓はジホのそばに歩み寄った。
「お母さん・・・生きてるの? 日本にいるの?」
梓の問いかけに、観念したようにジホは説明を始めた。
「お母さんは・・・一年前、韓国を離れて東京に来ました・・・!」