マッスルガール第2話(4)
梓はジホを見つめた。ジホは続けた。
「僕のせい・・・僕が・・・寂しい思いをさせたから・・・」
ジホは母の誕生日だった時のことを思い浮かべた。
その最中にも仕事の電話が入ってきていた。
「今日はお母さんの誕生日だって言ったはずです!」
「・・・」
「ええ。ああ、わかりました」
いくら急でも、仕事なら仕方がないと思っていた。
「ごめん、お母さん。仕事に行かなきゃ・・・!」
「いいのよ」
そう答えていた母は、今思えばどこか寂しそうだった。
出かける支度にかかろうとした時、母は自分を呼び止めた。振り返ると、何でもない、と笑顔になった。
「仕事でしょう? 行ってらっしゃい」
それが母から耳にした最後の言葉だった。
「家族なのに・・・たった二人の家族なのに、寂しくさせた・・・。家族には寂しくさせちゃいけない。母さんに会って、ごめん、って言いたい。そして、愛してるって言いたい」
梓はジホをじっと見つめ続けた。
話を聞いていたつかさはもらい泣きを始めてしまった。
「馬鹿、泣くな! ほんとに泣きたいのはキムなんだよ」
一人がたしなめた。
「皆さんには感謝しています」ジホは言った。「ありがとう。もう、行きます」
背中を向けて出て行こうとするジホに向って梓は言った。
「キム。家族を寂しくさせちゃいけないんだよね」
ジホは足を止めた。
「だったら、あたしたちのことも寂しくさせちゃダメじゃない」
「・・・」
「キムが言ったんだよ。ここにいるみんな、家族だって。一緒に戦って、一緒にご飯食べて、一緒に寝たから家族だって」
「・・・」
「あたしたちも一緒にキムのお母さん探す」
ジホは思わず振り返った。
「家族守るのは当たり前なんだよね。家族の一人が苦しい時は助けるのも当たり前だよね」
「・・・」
突っ立っているジホのそばに梓は立った。
「あのね、キム。楽しいことはもちろんだけど、苦しいことも家族になら分けてもいいんだよ」
「・・・」
「一緒に笑ったり、一緒に喜んだり、一緒に怒ったり、しんどい思いしたり、泣いたりするから家族なんだよ」
ジホの目は次第に潤んできた。
「だから、一緒にお母さん探そう」
ジホの腕を取って言った。
一人が立ち上がった。
「よっしゃあ、今から行こう」
心の逸る彼女をつかさが制した。
「今は夜なので、明日から・・・ね」
ジホの顔は涙と感激でグシャグシャに崩れた。
「あずささん、みんな・・・ありがとうございます」
頭をさげたジホに梓は言った。
「お礼なんかいらないよ。家族なんだから」
ジホは言った。
「ここに居させてください」
「もちろん、ねえ」
梓は笑顔で頷いた。
「やったーっ!」
一人のガッツポーズとみんなの笑顔で部屋は歓喜の渦を起こした。
「ごはん、ごはん」
「大盛り、大盛り」
ジホを家族としてレフリーとして迎えた白鳥プロレス面々のモチベーションは一気に高まった。
「よっしゃーっ、気合入れていくよ」
「はい」
「はい」
「レフリー、やります」
「おお、いいね。でも、まだ必要ない。今からストレッチ」
「あっ、僕もやります」
「OK。では、次から」
「はい」
「ひまわりは?」
「あっ、まだトイレです」
練習の様子を嬉しそうに見つめる梓。
郷原は電話を受けていた。
「何? あのレフリーが戻っただと!?」
「郷原さん、まずいですよね」
「いや。逆にそっちの方が面白い。・・・はっははは! あっはははは」
電話を切った郷原の目の前には、韓国の人気歌手ジホが緊急入院したとの大見出しの入ったスポーツ新聞が広げられている。
郷原はジホの正体に気付いたようだ。
ひまわりはゆっくり携帯を閉じた。
郷原はジホの事務所に電話を入れた。
「はい、黒金」
「ああ、黒金さんですか。私、女子プロレス団体青薔薇軍代表、郷原と申します」
梓も新聞を握って練習場に飛び込んできた。
メンバーの練習でジホはレフリーを務めている。彼を見ているうち、梓の手からポトリと新聞が落ちた。