雨の記号(rain symbol)

韓国ドラマ「病院船」から(連載207)

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   韓国ドラマ「病院船」から(連載207)




「病院船」第19話➡執刀医の不在⑨
★★★


 インギョンは新生児室の前に立った。中に目をやった。思いもかけない光景をそこに見た。
 死線をさまよう我が子は上半身裸となったヒョンの腕の中にあったからだ。
 インギョンは訊ねた。
「あれは何ですか…?」
 産科医は答えた。
「カンガルーケアです。スキンシップにより乳児を安定させます」
「でも、なぜそんなことを?」 
「他に手だてもなくて…」
「あの子はそこまで悪化を?」
「はい」
「母親もいない中で…」
「昨夜、ハンソルは立派に闘いました。クァク先生と共に…」
「先生」インギョンは産科医を見た。「あのケアを私にやらせてください」
「風邪が治ったらです。免疫力のない乳児にウィルスは大敵です」
 インギョンは泣き出す。
「私は母親なのに…我が子のために出来ることがないなんて」
「その代わりにクァク先生がいますよ。母親と同じくらいハンソルの回復を願う―優しい医者です。クァク先生が言ったんです。”科学の力が限界なら”、”人間の力を試そう”と”祈りをこめて”」
「祈り…」
「その祈りが通じたんでしょう。薬より効果がありました。あの数値を見てください。60しかなかった心拍数が90まで上がりました。目に見えない力がハンソルの心臓を再び動かしたんです」
「それじゃ」と母親。「私の孫は助かるんですか?」
 産科医は笑顔になった。
「この調子で回復すれば大丈夫でしょう」
 それを聞いて母と娘は抱き合った。2人で安息の涙を流した。
 2人は新生児室を出た。その時に母親は娘の前に運動靴を並べた。
「靴を履きなさい。産後にはだしで歩きまわったら、身体によくないわ」
「母さん」
「子供を思う気持ちは私も一緒よ」母親は娘の足を取った。「いい子だから靴を履いてちょうだい」
 インギョンは母親に靴を履かせてもらいながら泣きじゃくった。


★★★


 ウンジェは手術を終えて出てきた。
 事務長が心配そうに訊ねる。
「手術の方は?」
「成功しました」ウンジェは答えた。「後は身体の回復を待つだけです」
「ありがとう」と事務長。
 ウンジェは事務長の子供たちを見た。
「ドンウンとドンミンね」
「僕らの名前を知ってるんですか?」と次男。
「もちろんよ」とウンジェ。「お父さんがいつも私に自慢するから」
「そうなの?」と長男が父親に訊く。
 事務長は苦笑しながら答える。
「否定はしないよ」
 ウンジェは見て言った。
「お母さんを応援してあげて」
 次に次男を見た。
「それが一番の薬だから」
 長男に訊ねた。
「できるよね?」
 長男は頷いた。事務長は子供たちに腕を伸ばした。




 着替えて考え事をしながら出て来ると、ヒョンがやってきて手を取った。ウンジェはびっくりした。
「何? どうしたの?」
 ヒョンはウンジェを引っ張って行く。
「ここは病院よ…! クァク先生、離して」 
 しかしヒョンは手を放さない。ウンジェは仕方なく彼に従った。
 待合室の椅子に腰をおろしていたアリムたちは、せわしく背後を通り過ぎた2人に奇異な視線を送った。
「今のは何?」とアリム。
「何って、ソン先生とクァク先生じゃないか」
「そうじゃなくて手をつないでたわよ」
 アリムはジュニョンの手を掴んだ。
「おいおい、照れるじゃないの」
 それを聞いて、隣に座っていたミヒャンは思わず目を逃げる。
「付き合ってる~?」
「知らなかった?」
 ジュニョンの言葉にアリムはクリクリに目を見開いた。




 ヒョンたちは海岸の砂浜に出た。
「クァク先生、昨夜、何かあった?」
 ヒョンは黙ってウンジェの手を引き続ける。
「なぜこんなことを?」
 ヒョンは手を放して向き直った。ウンジェの首を手で挟み、いきなりキスをした。一瞬、抗ったウンジェだが、ヒョンの握力は強かった。まっすぐ唇を奪われた。
 激しくキスしてヒョンは口を放した。
 ウンジェはきょとんとヒョンを見上げた。ヒョンは嬉しさが満開だった。
「いい朝だから」
「…」
「一生に一度くらいの―最高の朝だよ」
 ウンジェはそう言われても得心がいかない。だって新生児は…。
「ハンソルが回復した」
 ヒョンの言葉にウンジェは驚く。表情は和らぎ次の言葉に耳をすます。
「あの子は夜通し、僕の胸の上で小さな心臓を動かそうと、懸命に頑張ったんだ」
「ほんとに?」
 ウンジェの顔に喜色が浮かんだ。
「ああ」
 ヒョンも笑顔を返した。
 ウンジェはヒョンの胸に手のひらを押し当てた。
「じゃあ、あの子にも伝わったわね。あなたは世界一温かい心の持ち主なんだって」
 ヒョンは小さく頷きはにかんだ。
 2人は思い切り抱きしめ合った。
 手をつないで海岸から戻って来るとウンジェの携帯が鳴った。
 ウンジェは電話に出た。
「ソン先生?」
「そうですが」
「私は道庁の保健政策課長です。今日は調査委員会ですよ。お忘れですか?」
「今日なんですか?」
 相手の説明を聞いてウンジェは携帯を切った。
「何の電話?」
 ヒョンが訊ねる。
「…」
 ウンジェは大きくため息をついた。








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