
チョルスは散歩に出た。アンナと過ごした時間を探しに出てきた。
そのへんの道端にアンナが立っていそうな気がした。
バス停にたどり着く。アンナのいた気配の色濃く残る場所だ。いろんな場面がよぎる。待合の長椅子の上で寝ていたこともあった。
ガラス越しに彼女を見守り、何時間も座っていたこともあった。
「そこで待ってたの?」
嬉しそうにするアンナの姿が蘇る。
「捜して行くよ」
彼女に対する気持ちを宣言したのもバス停の前だった。
「どこにいても~、どんなに遠くても~、俺はお前を探しに行くさ」
アンナはそのバス停の前に立っていた。
明かりに照らし出された長椅子には誰も座っていない。アンナのそばを帰りを急ぐ車が走り去っていく。
「何を期待していたのだろう。来るはずなんかないのに…」
アンナは長椅子に腰をおろした。サンシルの時間と自分の時間をそっと重ねてみた。
順行バスがやってきて停車した。
チョルスもそのバス停に向かって歩いてきていた。バスが停まって遮っているため、バス停の様子はわからない。
「俺も何を期待してるんだ? いるはずなんてないだろうに…」
バスは走り去った。バスから降りた者が歩いている。待合の長椅子にも誰か座っている。
チョルスは我が目を疑った。そこに座っているのはアンナではないか。
チョルスは胸が熱くなった。しかし同時にいたたまれない思いも交錯した。
「ナ・サンシル! どうしてそこにいるんだよ? ここへ戻ってどうするんだ。俺にどうしろと?」
顔を上げたアンナもチョルスに気付いた。
二人は身じろぎもせずにお互いを見つめあった。
アンナは立ち上がる。チョルスはアンナに向かって歩きだす。
チョルスはアンナの前に立った。
「チャン・チョルス、私を捜しにきたの?」
「…」
「私がここで待ってると思って――捜しに来たの?」
「俺は~、お前を捜しに来たんじゃない」
「また、通りすがりに目についたというの?」
「ああ、そうだ」
「それなら、いっそ知らない振りして行けばよかったのに」
「そうだけど、できなかった。まだ俺には、お前がサンシルに見えるから」
「私はサンシルじゃない。私の名前は」
「言うな」
チョルスは語気を強めた。
「…」
「このまま――お互い知らない方がいい。お前も俺が勝手につけた変な名前は――忘れろ」
「…」
「都合の悪いことは忘れた方がいい。なかったことにすれば楽になる」
「あなたは、それが出来るの?」
「ああ、そうするつもりだ。だから、お前も元の場所に戻って元気に暮らせ」
「そうね。あんたにそう言われると――私も元気にやっていけそうな気がする」
チョルスは思わず目をそむけた。ほんとの気持ちを抑えている自分がやりきれなかった。
「じゃあね、チョルス」
アンナは手を差し出す。
求められた握手をチョルスは拒んだ。握ったとたん湧き起こるかもしれない感情や衝動を制御する自信がなかったのだ。
「これで失礼するよ」
チョルスは背を返した。元来た道を淡々と引き返していった。
「最低なヤツ。バカなヤツ」
アンナは今にも泣き出しそうに愚痴を並べた。

チョルスは帰路を取りながら悲痛な思いだった。
「俺は今、お前の手を握ったら――放せなくなってしまう。だから、行ってくれ」
チョルスを見送るアンナの目から涙が流れ出た。このまま見送れば永遠に後悔すると思った。アンナはチョルスの後を追って駆け出した。背中から腰に腕を回してチョルスに抱きついた。
「都合の悪いことは忘れる。このことも忘れる。だから・・・少しだけ、少しだけこうさせていて」
やがて、アンナは腕を離した。
「これであなたを忘れられる。じゃあね、チャン・チョルス。私の名前はチョ・アンナよ」
チョルスの目からも涙があふれ出た。
アンナはチョルスを置いて歩き出した。
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