雨の記号(rain symbol)

韓国ドラマ「病院船」から(連載55)








 韓国ドラマ「病院船」から(連載55)






「病院船」第5話➡騒動⑫




★★★




 ヒョンは立ち上がった。
「もう少し確認してみるよ」 
 ジェチャンは出て行こうとするヒョンを呼び止めた。
 振り返ったヒョンにジェチャンは言った。
「父親でもないのに面倒をかけて悪いな」
「そんなこと言わないでください」
 ジェチャンは笑った。
「こう言っておけば、後は気兼ねなく甘えられるんだ」
「…」
「お前の父親が嫉妬しても私は甘えるからな。知っての通り、私は天涯孤独の身だから」
 軽口のように言ってから改まった表情になった。
「思ったより動揺してる。たとえ重病でも、病を旧友のように受け入れる気でいたのに、うまくいかないもんだな」
 ヒョンを見上げた。
「…」
「私は…正直、怖いよ」
 ヒョンはジェチャンのそばにきてベッドの縁に腰をおろす。
「きっと大丈夫ですよ」
 ジェチャンの手を握った。手術が成功すると本気で思って言っているのか。死を目の前にしたジェチャンに寄せる同情なのか。ヒョンは自分でも分からなかった。死の恐れとムードにただ流されただけかもしれなかった。
「僕が頑張るから…任せてください」
 確信はないのに、ヒョンは明るい声で言った。言ってしまってからヒョンは自己矛盾に陥っている自分を感じた。
 そんなヒョンにジェチャンは微笑んだ。手術には悲観的なのに、励ましを入れてくるところが彼は嬉しかった。
 ジェチャンの病室を出たヒョンはその場を動けなかった。病室の壁にもたれ、こみ上げる悲しみと涙を抑えきれなかった。
 病室では2人ともぎりぎり落ち込みたくはなかった。
 互いに楽観性を装ったのは絶望的な病を直視できないからだった。


★★★


 ウンジェはキム・スグォン院長に呼ばれ、突然切り出された。
「転院させろとはどこへですか?」
「どこでもいい」
「院長!」
「この手術はリスクが高すぎる。未検証の術式である上に手術範囲も広い。肝肝膵外科はもちろん大腸肛門外科、泌尿器科や胸部外科の協力も必要だ。分かってるのか?」
「ええ」
「しかし、うちはガン手術に長けた医者がいない」
「存じてます」
「分かってるなら、早く転院させるべきだろう」
「手術できる医者がいれば私も転院させてます」
「どうしてもやるというのか」
「はい」
 院長は息をついて念を押す。
「1人では困難だぞ」
「覚悟してます」
 院長は難しい顔で言う。
「患者が手術に耐えうる時間は…」
 ウンジェはきっぱり答える。
「10時間。時間内に可能かシミュレーションします」
「不可能ならどうする?」
「その時は潔く諦めます」
 ウンジェの決意を知り、院長は肯定的な顔で息をついた。




 院長を何とか説き伏せたウンジェは関係筋の病院に電話を入れた。
「解剖用の献体がほしいんです…ちょうど無縁仏が? 助かります」




 病院船のスタッフらは最寄りの砂浜で夏の短い休暇を楽しんだ。
 ゴウンやアリムはビーチパラソルの下で折り畳み椅子を伸ばして憩っていた。
 そばの携帯が鳴った。身体を起こしゴウンが握った。
「ソン先生? どうしました?」
 ゴウンは何事か話を聞いている。
 アリムも身体を起こして訊ねる。
「何だって?」
「分かりました。すぐ行きます。ユ先生、行くわよ」
「何ですか?」
「行けば分かるわよ」
 


 ゴウンとアリムは手術のシミュレーションで呼ばれたのだった。
「ごめんなさい。シミュレーションだから人手を借りられなかったの」
「何言ってるんですか」とアリム。「むしろ大歓迎です。嬉しさでアドレナリンがいっぱい吹き出してます」
 ガッツポーズになった。
「まあ、興奮しちゃってからに。まるであなたが執刀するみたいよ」
「始めましょう。では、まず黙とう」
 ウンジェらは目をつぶった。
 やがておもむろに目を開け、手を伸ばす。
「メス!」
 シミュレーション手術は時間を計測しながら慎重に進められた。
「S字結腸と直腸の一部摘出と吻合を始めます」
 …ウンジェたちのシミュレーションはずっと続いた。




「理論上は可能だが、現実には無理だろう…」


「患者が自分の家族なら勧めない…」


「手術に前向きなのはソン先生だけです…」


「外科医はやたらと切りたがる…」


「この場合は緩和ケアが最善だ…穏やかな最期を迎えさせてやれ」


 1人で考え込むヒョンの表情は暗かった。
 方々の医者たちから得た”EXIT肝切除術”の術式は、ソル・ジェチャンの直腸ガンの現状と重ね合わせてみると、悲観的な結論しか出てこないからだった。




 1人で考え込んでいると後ろから肩を叩く者がいる。振り返るとジェチャンだった。
「どうした? 悩んでるのか?」
「先生…僕たちだけど―」
「うん」
「ソン先生に賭けてみましょうか?」
 ジェチャンは優しい顔で微笑む。ヒョンのように病院の外に身体を向ける。


 
 ヒョンはウンジェらの行うシミュレーション手術を行う姿に、並々ならない決意と執念を見た気がしたのだった。


「いろんな医師たちの冷静な意見よりも、君のその執念を信じてみたくなったよ…少なくても今は、ソン先生だけが患者の命を救おうとしているから…」




 カン・ドンジュンはウンジェの行ったシミュレーション手術の様子を見終えてキム院長に報告した。
「模擬手術は6時間で終わりました」
 院長は大きく頷く。
「これでは手術に反対する理由がなくなりましたね」
 院長はカン・ドンジュンを振り返った。
「だが、献体と患者では違う」
 そう言いつつも院長は感心する表情を覗かせた。









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