雨の記号(rain symbol)

マッスルガール第6話(2)



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 その夜、犬がしきりに吠えた。
 つかさの母親はご機嫌よく眠りについていたが、ジホは異様な気配を感じて身を起こした。ふと見ると、梓たちが立っている。彼女たちはお腹をグーグー鳴らしていた。
 ジホたちは夜食を食べに出た。
 つかさが母親の代わりに謝っている。
「何か、すみません。食事が二度手間になっちゃって・・・!」
「気にしないで。私、すき家のおろしポン付け大好きだから」
 と嬉しそうにする梓。
「いっただきま~す」
 他の者たちもご機嫌で同調した。
「いっただきま~す」
 牛丼を手に向日葵は言った。
「それにしてもパワフルなおっかあンやなあ」
「もう、ほんと、恥ずかしい。ムダに豹柄だし・・・!」
「でも、楽しいお母さんじゃないですか」とジホ。
「うん」
 うなずく梓。
「楽しいのは本人だけなんだから。ほんと、すみません。明日には追い返しますから」
「別に追い返さなくても・・・」
「そうですよ」とジホ。
 つかさはテーブルを叩いた。
「私がいやなんです!」
 その勢いにみなは食事の手を休めた。

 娘の怒りが伝わりでもしたか、つかさの母親は悪い夢でも見たように身体を震わせ、寝床から這い出した。お腹でも冷やしたらしい。この時、娘のユニフォームのツール(袖手)を見つけて首を傾げた。
「何だ、これ・・・?」




 その頃、つかさは母親の悪口をまくし立てていた。
「いつも片手にたばこ、片手にお酒。離婚してからスナックにやってくる男をとっかえ、ひっかえ・・・もう、恥ずかしいったらありゃしない・・・! まともに料理も裁縫もできないし、まともに母親らしいことをしてもらったことありません。あんなの母親じゃない」
「そんなこと言っちゃいけません!」
 黙って聞いていたジホが叫んだ。
 つかさは、困惑げにジホを見た。
「どんなお母さんでも、お母さんはお母さんです」
「・・・」
「こうやって、つかささんに会いに来てくれてるんじゃないですか」
 薫がいきなり後ろから飛びかかり、ネックブリーカーでつかさを締め付けた。
「こらーっ! お前・・・親の気持ちもちょっとは考えろ!」
「ちょっと、やめてください」と店員。
 つかさは薫への反撃を始めた。あわてて向日葵が止めに入った。ジホも止めようとするが収拾がつかなくなった。
「やめてったら!」

「ない! ない、ない!」
 つかさが何かを探し回っている。
 娘が部屋で騒ぐのを聞いて、母親は目を覚ます。寝ぼけまなこで娘に挨拶する。
「オハヨー」
 その声を無視してつかさはため息をつく。  
 探し物でうろたえているつかさのところへつかさたちが姿を現す。
「オハヨー。どうしたの?」
「私の袖手がないんです」
「いつも手首につけてる、あれ?」
 つかさはうなずく。
「見てないけど・・・」
「あれがないと調子が出ないんです」
「えっ、別のじゃだめですか?」とジホ。
「手作りなの。・・・でつくって、ずっと大事に持ってたのに・・・どこ行ったんだろう」
 後ろで母親の声がした。
「あれ、そんなに大事なものだったの? 千切れてたし、ボロボロだったからゴミだと思って捨てちゃった」



 笑いながら、おどけて答える。
「捨てた!?」
「もう、いいじゃない。あんたもあんなフリフリのつけるような年でもないでしょ」
「・・・何で」
 大事にしていたものを適当にあしらわれて、つかさはこみあげてくる怒りを抑えきれない。
「何で、人が大事にしてるもの、何でもかんでも勝手に捨てちゃうの! 相手の気持ちもお構いなしでさ。離婚した時だってそうだったじゃない。私のことなんて何にも聞かないで、お父さん捨てて若い男と・・・! あんた、それでも母親・・・? あんたの娘なのが恥ずかしいよ」
 つかさは母親のバッグを取って膝におしつけた。
「それが親に対していう言葉!」
「そういうことは、親らしいことしてから言ってよね」
「誰が生んでやったと思ってんの」
「生んだだけで母親づらしないで」
「・・・」
「梓さんの方がずっと母親らしいわよ」
「・・・」
「ここはね。私の新しい家なの。家族なの。あんたなんかがいるような場所じゃないよ。今すぐ出てって!」
「言われなくても出ていくわよ。一ちょ前に口ばっかり達者になっちゃって・・・そんなんだからいまだに一勝もできないのよ」
「なに!」
 母親はつかさに背を向けた。その背にクッションを投げつけた。



 梓はそんなつかさにつかつかと歩み寄り、平手打ちをくわせた。
「お母さんに謝りなさい」
 つかさは打たれた頬を押さえて反発した。
「何で私が謝らなきゃいけないの? お母さんも梓さんも大っきらい!」
 母親に続いてつかさも部屋を飛び出していった。
「つかささん!」
 ジホは叫んだ。
 メンバーらが彼女の後を追いかけていった。



 梓はつかさをぶったことを気にかけた。自分の手の痛み以上につかさがショックを受けただろうことを思うと、これでよかったのかという気もするのだった。
 ランニングなどでやってくる川原にすわりこみ、つかさは一人でしょんぼり考え込んでいた。
 そこへジホの声がした。
「つかささ~ん」
 つかさはジホをちらと振り返り、前を向き直った。自分はちっとも悪くないと思いたいからだった。
 ジホはつかさのそばにきてしゃがみこんだ。
「あーっ、やっぱりここでしたか・・・?」
「あたし・・・謝らないからね」
 ジホはつかさを見た。すこし笑みを浮かべた。
「ほんとにおかあさんでした・・・梓さんって」
 つかさはジホを見つめ返した。
「叩かれると痛いです。でも、叩いた方も痛いです」
 つかさはジホの目から逃れた。母のように接し続けてくれた梓に反発した自分を悔いた。
「・・・試合で何度も殴られたり、蹴飛ばされたり、踏みつけられたりしたことあったけど、あんな風に叩かれたことは初めて。試合の痛みは一瞬で消えるのに・・・」
 彼女は叩かれた頬を手で押さえた。梓の平手打ちの痛みが蘇ってきた。
「まだ、ジンジンする」
「本気だからです」ジホは言った。「ボクは・・・本気で向き合うのがこわかった」
 ジホは立ち上がった。つかさに背を向けて言った。
「お母さんが出て行ったこと信じたくなくて・・・。どうして僕から離れてしまったのか。ほんとのことが知るのがこわくて、一年間逃げてしまいました」
「・・・」
「でも、後悔しています」
 ジホは振り返った。つかさのそばにしゃがみこんだ。
「だから、今は本気で向き合いたいと思っています」
 ジホの言葉は胸にびんびん響いてくる。



「今度はつかささんの番です」
「・・・」
「ちゃんとごめんなさいしましょー」

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