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雨の記号(rain symbol)

プライドママの末路(6)

 安土桃山時代から江戸時代に入り、ようやく戦乱の世は収束と安定をみてくる。
 戦国時代というものがいかなる時代であったかの検証を行ったのは、安息を得たこの期の人たちであったと言えようが、われわれが今日思い描かされている戦国時代のイメージは、おそらくこの人たちが行った写本に拠っているのではないか、その中で当然デフォルメも繰り返された、と僕は思っている。
 もちろん単なる推測である。が、それなりの理由はある。
 第二次大戦は近代兵器を駆使しあった壮絶な殺戮戦だったが、これが如何に
戦われたかの多くを我々が知ったのは戦後である。戦争中にその内実を語る者はほとんどいなかった。語ろうとした者がどうなったかは誰もが知っていよう。そして流され続けたのは嘘っぱちの戦況報告だった。大新聞が流したこれらのニュースなどは歴史に何ら寄与していないから、価値を持たないゴミの山として埋もれ、今や顧みられることはない。
 時代性、物語性として形が与えられてくるのは、人がそのことである程度自由に物の言える時期を得てこそつまびらかになり始めるのである。
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