雨の記号(rain symbol)

マカオのパンジージャンプから

2015-03-08 21:54:39

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　Ｋ－ＰＯＰアイドル歌手apinkのバラエティー番組を見ていたらパンジージャンプが出てきた。
　apinkのメンバーがこれにチャレンジするという企画だった。
　メンバーらはドキドキビクビクしながら飛び出しエリアに集結している。メインボーカルのウンジが一番手で飛び出す準備をしている時、僕の耳元で携帯電話が鳴り響いた。
　過去からの電話だった。

　何年か前、今は故人となった友人が旅の途中マカオ（中華人民共和国マカオ特別行政区）に立ち寄った。
　彼はマカオタワーでカジノ（３０万近くの金を浪費したらしい）やパンジージャンプを楽しみ、その時の興奮やら悔しさやらを僕に電話でよこした。
　珍しいな、と思った。彼が旅行中に電話をよこすなどそれまでなかったことだからだ。
　いや、一度だけあった。彼は若い頃、東京の世ゼミに勤めていた。その頃、ひとりで香港旅行に出かけた。彼が旅行好きとなるきっかけとなった旅だった。
　僕が東京・中野で店をやっている頃で、彼はそれ以前からの友人だった。そして店の常連でもあった。店で親しくなった者たちが何人もいる。そのつながりで店のピンク電話に彼は旅行先から電話を入れてきたわけだった。
　当時は携帯電話などなかった。むろん、”アインシュタインの相対性理論がインターネットや携帯電話の時代を早めた”などとの考察も評価も発想もなかった時代だった。

「今、旅行中なんだけどね。これから日本に金を取りに戻らなきゃいけなくなっちゃったよ」
「えっ、何？　有り金を掏られたのか？」
「いや、そういうのはさすがにもうないけど、カジノでね…それでやられて日本に戻るほかなくなっちまったよ」
　パンジージャンプの話はその後に出てきた。
「これやらなきゃ、マカオに来たのを後悔するところだった。だけど、ここのパンジージャンプは一見の価値だ。さすがに世界一だけのことはある。ここのパンジージャンプ、百メートルくらい落下するんだ。そのへんの川の上からするパンジージャンプとはもう別物だよ」
　彼の話を聞いているだけで僕は身がすくんできた。
「立つ位置がまた凄い。絶景だね。地上２３３メートル地点だというからね。これも屋根の上から見るちょっと爽快な気分とは別次元のものだ。地球の丸さを感じるくらいにね」　
　彼のハイな口調に僕は返す言葉を失っていた。
「お立ち台に立って下を見たら、当然というか失神しそうになった。高さなんか気にするなと言われたけどね。そこに初めて立った人間には何を言っても無駄だよ。目の前にある景色こそがすべてだからね。Ｈさんも一度来て見たらいいよ。カジノの地だからこそこういうのもあるかもね。まっ、冒剣なのさ、人生は…次はインドへ行こうと思っているんだ…」

　この後、僕は代わり映えのしない近況を伝え、やりとりは終わった。
　この電話が僕によこした彼の最後の肉声となった。

★マカオ→中国大陸南岸の珠江河口（珠江デルタ）に位置する旧ポルトガル植民地で、現在はカジノや世界遺産を中心とした世界的観光
★マカオのパンジージャンプ→マカオタワーと言えばマカオを象徴するタワー。高さは338メートルで、タワーの233メートル地点からは『スカイジャンプ』や『バンジージャンプ』出来ることで有名。1階にはカジノ施設や高級ブランド店もトイザらスも並びショッピングモールとしても機能している。
　マカオタワーからのバンジーは「建造物から飛ぶ最も高いバンジージャンプ」のギネス記録を持っている。世界の高さと比較すると米国コロラド州にあるロイヤル・ゴージ・ブリッジ（321m）に次ぐ2番目の高さとなる。