明治16年10月建築の国指定重要文化財。
2月14日。
雨が少しぱらついていますが、無風・微風。
母親のリクエストに応えて・・・
一緒に出掛けるのはいつ以来だろう?
福島県伊達郡桑折町にある桑折町文化記念館・旧伊達郡役所で開かれている、
特別展「半田銀山と五代友厚の足跡」を見学してきました。
二階建ての玄関ポーチから館内へ。
スリッパに履き替えて・・・
あ、靴箱がないので履物袋は持参したほうがいいかも?
ついでにもうひとつ。
館内には暖房がなく冷え冷え。
ヒンヤリしているので暖かい服装をしたほうがいいと思います。
展示は大事務室(旧事務所)で。
半田銀山~社長は維新の志士
江戸時代、幕府直山として、佐渡銀山・生野銀山とともに日本三大鉱山に数えられた半田銀山。
資源枯渇を理由に幕末に閉山とされていた銀山を維新の夜明けの後、ひとりの男が再興させた。
薩摩藩出身で、明治政府から下野し、力を蓄えていた商人を再編することで経済を発展させ、
貨幣の統一でもって欧米諸国との貿易不均衡の是正に心血を注いでいた五代友厚であった。
五代友厚は、明治政府が奨励していた鉱山開発を遂行、
半田銀山では、事業への地元理解を得るために明治天皇のご来山を実現させ、欧米式の近代技術を導入し、
明治17年(1884)には、佐渡・生野を押さえ、銀産出量日本一を記録させるまで発展させた。
五代友厚の事業を継いだ婿養子の龍作も、鉱山技師出身の才能を生かし、新しい技術を積極的に取り入れた。
福島県で、いち早く水力発電を導入し、
人力に頼るほかなかった坑内の地下水の排水にポンプを導入するなど、技術革新を行い、
また、半田銀山を五代家経営会社の中心と見極め、
家族とともに生活の拠点も移し、
従業員と寝食をともにしながら現場で経営に当たった。
資源の枯渇から、やがて、半田銀山は共同経営の時代、戦中からは日本鉱業の経営となり、
昭和25年(1950)に採鉱が中止された。
半田銀山は休山、その後、再開のため、有望鉱脈を求めて調査が進められたが、
ついに昭和51年、日本鉱業が採掘権を放棄し、正式な閉山を迎えた。
パンフレット「半田銀山と五代友厚の足跡」より。
NHK朝の連続テレビ小説「あさが来た」
五代友厚を演じているディーン・フジオカさんは、福島県須賀川市生まれ。
1月5日にNHK福島放送局のニュース番組「はまなかあいづ」にインタビュー出演。
その時のビデオが流れていました。
桑折町内のどこにあるのか?
五代友厚、そしてその長女・武子の夫の五代龍作の2人を祀る五代神社。
そういえば、半田山自然公園。
半田山や半田沼は何度も歩いているけれど、銀山遊歩道はまだ歩いたことがないんです。
あ、もしよろしければ過去記事でも (^_^)
(半田山山開き(2015.5.17)「その1 舞い踊る」「その2 ハートと縁結び」)
一通り見学した後は2階へ。
大会議室(旧郡会室)
上げ下げ窓からは、半田山や・・・
信夫山なども。
ランプ釣中心飾の漆喰彫刻のデザインはすべて違うようですが・・・
こういうのは一人で訪れた時にじっくりと (^^ゞ
次いで、隣にある種徳美術館も見学しました。
(観覧料は一般・大学生が200円、高校生:100円、小中学生:50円です)
企画展「花鳥24ヶ月」が開催中。
写真がないので、パンフレットだけを載せておきますが・・・
種徳美術館のHP(http://www1a.biglobe.ne.jp/shutoku/)にアクセス。
「現在の展示」→「画像一覧へ」で、もう少し大きな画像を見る事が出来ます。
ちなみに五代友厚が描いた絵というか書というか・・・
1点展示されていました。
早いんだもの。
正直、もっとゆっくり見たかった (-_-;)
これでおしまいです。
福島盆地だけではなく、阿武隈山地までをも覆う雲海からのご来光。
もうこれ以上のものは見られないんじゃないかと思うぐらい素晴らしいものでした。
(2012年8月22日にこの時の記事を投稿しています。)
現在、吾妻山の噴火警戒レベルが2になってしまい・・・
(今は冬季通行止めですが)磐梯吾妻スカイラインが夜間通行止め。
なので、浄土平で車中泊が出来ないのが残念です。
何年か前までは、私も冬は登山せずに散歩だけ。
なので、暖かくなってから登山を再開したときにキツイ!となって(^^ゞ
今は体力維持のために・・・
2回以上登ったことがあって、急斜面や危険個所がない(少ない)低山であれば、回数は少ないですが冬でも登ることにしています。
それにもかかわらず、半田山の急坂はキツイ!
今回は、展示されている資料をしっかり読む事が出来なかったのが残念。
inehapoさんが興味を持たれる資料がたぶん沢山あると思います。
周辺の散策も含めて、ぜひ訪れてみてください(^_^)
ひーたさんの充実した登山を拝読してますと、早く登山をしたい!と思います。
私は冬はもっぱら引きこもりです。
ところで、半田山に登ったことがあるのですが、標高が低い割に、きつかった記憶があります。
山頂からハート形の湖もなかなかの風物詩ですね。
建物から見える半田山が美しいですが、この山も信仰の山で伝説では、源義経が通り、奥州平泉まで向かったと聞いたことがあります。
企画展も興味あります。もしかしたら、義経ではなくとも金や銀などの鉱石を採掘するためのルートがあったと考えると、散策して見たくなりますね。