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浅草に移り住む前にいたのが南千住でした。
通称「ナミセン」
それなら、北千住は「ホクセン?」と、「突っ込まれそうになりそう(^o^)」
こうしてみると、北千住・千住関屋から南千住、そして浅草7丁目・今戸橋に際に住んで、下町のデープな世界に首まで漬かった時期が、懐かしい。
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ちょっと余談デス。
この2,3年、youtubeで見れる時代劇にハマっております。
その中で、最初に視聴して病みつきになったのが剣客商売・藤田まこと・秋山小兵衛版で、寺島しのぶの佐々木三冬シリーズがお好みバージョン。
さて、この段はイントロです。
実は、前段の「北千住・千住関屋から南千住、そして浅草7丁目・今戸橋」ですが、秋山小兵衛が若い娘を後妻にして居を構え、一応隠居暮らしをするのが、鐘ヶ淵・関谷村で隅田川に面した地域、その下流、白鬚橋、白髭神社から浅草にむかって今戸橋の間にあったのが、秋山大治郎の鵜飼流道場といっても、秋山小兵衛から譲り受けた道場と言った具合で、出てくる地名のほとんど全てが、かって自身が住んだところであり、アフターファイヴに彷徨した地域なものですから、見ていて楽しくなります。
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実は、今日スマホで初めて文集オンラインのサイトを覗いたデス。
以前から「ディリー新潮」と「文集オンライン」の存在は認識していましたが、どうも週刊紙は、電車内の週刊誌の吊り広告を見るが大好きで、あの閉鎖空間を過ごす僅かな時間で、週刊紙の内容が瞬時に判明する吊り広告には大いにお世話になったもので、釣り広告で、大方の好奇心は満足でますので、当時は、週刊紙代は節約して、立ち食いソバに化けたはずと記憶してます。
その「文集オンライン」の記事が、二件あって、とても興味を引く内容であったので、内容をブログ形式の備忘録にメモったしだいデス。
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その一つが「明治の元勲・岩倉具視のひ孫が「思想犯」に!? あまりに悲惨なその運命とは」のタイトルが興味をそそります。
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トップ画像は、ナミセン時代に結構飲みに行った超弩級ディープな居酒屋・大坪屋。あれから25年近く経過したが、倅さんに代替わりしてるんだろうと想像するデス。
当時は、この対面にも一、二件の居酒屋系がありましたが、そこには違法滞在が密航したと想像が付きそうな中国人女性が大勢いて、それを相手に酒を飲む山谷の紳士の社交場のようなところで、知らずの店のドアを開たら時に阿鼻叫喚のような雰囲気に、後退り。
結局、30人くらいは入る界隈では中規模の店だった「大坪屋」に落ち着いたという経緯があった店です。