人は、ふるさとびと

お帰りなさい と迎えて
下さる神様は、私達の
ふるさとなんです。

(記事はリンクフリーです♪)

見えるものと見えないものが 一緒になって

2020-02-19 10:20:09 | スピリチュアル
    (前々日からの続き)
だから、目に見える、目に見えないって
いうのは、本当はそういう隔てはなくて
見えるものと見えないものが一緒に
なって、この世界も何もかも支えている。

宇宙はずっと膨張してるって言うでしょ。
でもそれは成長を続けて、またちがう
宇宙の霊団、宇宙の生命体というものを
支えるために膨張しているんだけれども
我々にはどうしてもこの肉体にいる間は
どうしても身体というものがあって、五感
というものがあって自分が生まれ育った
家や親や地域や言葉の文化というものが
あって、それがなじんでいるものであれば
あるほど、それを失いたくないと思い、で、
それが自分の世界だと思う。

もちろんそれは大事なことなんだけれども、
そこだけに把われると、これは私の、これは
俺の、これはあんたの、って区切りができて、
非常に不自由になる。

だからやっぱり、年齢とかその人が思う、
あるいは想像する、あるいはこうだって
いうふうに、自分で思い定めてしまって
いるイメージというものがあって、その
イメージに合わなければ、不安になったり
どうしようと思ったり、なぜ?っていうふう
になってきたり、極端になれば怒りが出て
きたり、パニックになったりいろいろする
わけですよね。
          (つづく)

大光明のひとすじとして

2020-02-17 10:52:53 | スピリチュアル
    (前日からの続き)
だから、死ぬというのは何かっていうと
あくまで、この地上でのこの時間を
まばたきの間くらいの時間かもわから
ないけれど、そこを精密に生き抜くと、
次の段階、また次の段階、また次の
段階、といってもう数限りなく果てしなく
段階はあるけれども、それをスムーズに
素直に祈ってゆくと、さらに本当に
まばゆいばかりの、本当に大らかな
世界というのが、どんどんどんどん開け
てきて、自分の個人の個の意識という
よりは、大きな大光明、大元の愛、大元
の光、その中のひとすじとして、自分が
さらに必要なところに、必要な地域に、
必要な人々に、必要な宇宙の人々に
照らそうと思わなくても、そこにたどり着き、
何か意識しなくても、すでにいろいろな
人の、いろいろな存在の支え合いの中で
宇宙の一角を照らしたり、それから
支えたりできる。

そういうところにまでゆくのが、人間だし
自分なんですね。
          (つづく)

我々は いのちの大元と結びついた存在

2020-02-16 11:54:56 | スピリチュアル
    (前日からの続き)
寝てる時も覚めてる時も、意識して
いる時も意識していない時も、たとえ
呼吸が止まって死んで肉体を脱いでも、
それでも人というのは居なくならない、
あなたというのは居なくならない。

どんどんどんどん、進化をしてゆく。
どんどんどんどん、自分が本当の
その宇宙の光のひとすじ、神の光の
ひとすじ、大神のそういう大愛と結び
ついた、いのちの大元と結びついた
存在である。
それが我々である、という一番の
ところにちゃんと立ち戻って、そして
みんなで生き抜いてゆく。

それは、この地上のいのちというのは
80年、90年、たかだか100年かも
わからない。
だけどそれは、たとえば誰の誰兵衛、
五井先生でも五井昌久という人間の
身体が焼かれて、目には見えなく
なっても五井昌久はなくなったわけ
ではない。
五井昌久は、もっと大宇宙の元々の
大元に帰って、もっと存在としては
おおらかになって、皆さんと一緒に
永遠にいろいろなことをやってゆく。
そのエネルギーの大元に立ち返る
ことができる。
       (つづく)

平和でないと 宇宙が保てない

2020-02-15 08:51:25 | スピリチュアル
  (前日からの続き)
だけど、(お祈りや宣言の)言葉を
まちがわないで、と人間だから
思うけれども、そのうちに多少の
言葉がどうかなったって、まちがいよう
がない。
この地球人類も、世界人類も、宇宙
人類も、みんなが平和になるように。

平和でないと、宇宙が保てない。
全部が壊れていってしまうっていうのは
もう私はわかってますから。

それを窮屈な義務感いっぱいのことで
なくって、もう3つの子どもでも、80の
歳をとった人でも、素直に素朴に
“世界人類が平和でありますように”
と祈る時に、あなた一人が祈っている
のではなく、その言葉を思い浮かべた時に、
どれだけの大光明があなたの周りや、
あなたの地域や、自然の中に降りそそいで
くるか。

その降りそそぐスイッチを持って
いるのが、世界平和の祈りであり、
大光明霊団の人たちの支えであり、
その人たちの想いとか願いというのが
一宗一派ではなくて、さまざまな文化や、
さまざまな種族や、さまざまな価値観を
もって生きている我々の人間の奥底
にある、みんなが仲良く、みんなが追い
出されず、言葉がちがっても、文化が
ちがっても、この地球という大きな
平らかな船に乗って、そして必ず大光明
大平和、そういうところに向かって、
私たちは歩いていっている、生き抜いて
いっている。

私たちの本心とか本体というものは、
そういうところを目ざして生き抜かずには
いられない。
        (つづく)