私が、20歳代の半ばの頃沖縄に行ったことがあるので、少し思い出があるので書いてみようと思います。
当時、飛行機に生まれてはじめて乗ったのですが、離陸するとき飛行機が急角度で空に向かって飛んだので大変怖かった。
自分の体が宙に浮いているような感じでした。
そして雲の上に飛行機が飛んでいるときもそれほどいい気分ではなかった。
沖縄の空港の空の上から着陸する時、このまま飛行機が落ちるのでないかと心配でした。
自分は高いところが苦手で、それに始めて飛行機に乗ったので、あまりいい気持ちではなかった思い出があります。
それ以降あまり飛行機には乗らないようにしました。
那覇空港に到着するとバスの観光案内人がお客様を誘導してバスに乗せ、沖縄観光がはじまりました。
1日目は、沖縄の戦跡めぐりで、バスのバスガイドさんが戦争の悲惨さ話し、現地に向かいました。
日本軍がアメリカ軍に追われて洞窟の中で自決したことや洞窟にこもって最後まで抵抗したこと、
そしてアメリカ人が投降を呼びかけているのにかかわらず、それを拒否して自分の子供を殺したことなど、いろいろ話してくれました。
どうしてそこまで日本軍または沖縄の人たちは敗戦が濃厚なのに、又アメリカ軍の投降を拒否してまで死を選んだのかその当時(20歳代)の私にはよく分からなかった。
それが当時の教育だったのでしょうね。
思えば、その昔沖縄は薩摩藩に征服され、支配下に置かれ、一部自治権を奪われた歴史があります。
それから第二次世界大戦の終戦まで日本国の一部として統治されましたが、終戦を機会として一時アメリカに統治されました。
それから日本の総理大臣佐藤首相がアメリカとの間で話し合いをし、沖縄の本土復帰がなりました。
しかし基地はそのまま残りました。
これが今日の大きな問題となっているのです。
二日目の観光はそのアメリカ軍がいる沖縄の基地をふくめた観光です。
私が最初に驚いたのは基地が町の中心地にあると言うことです。
しかも戦闘機が爆音をだして民家の上に飛んでいることです。
これではその周辺に住んでいる近隣の人たちは夜は安心ゆっくり休めないんじゃないんでしょうか。
基地にはたくさんの戦闘機がいました。
日々訓練されていると聞きました。
たとえアジア、太平洋の安全を守ると言ってもこれほどの多くの戦闘機を沖縄に常置することは少し問題があるのではないのかな~と思いました。
その光景を見ると、本当に戦争が終わっているのか疑います。
日本が安全なのは沖縄の人たちの犠牲の上に成り立っているような気がしてならない。
もし、日本が防衛のために他国との戦争となれば、他国は真っ先に沖縄の基地を攻撃してくるでしょう。
本土の人たちは、日本は戦争をしないと思っているでしょう。
しかし当時の私は、沖縄の基地の現状を見るとそうと限らないと思っています。
いつでも戦闘状態になっている。
沖縄に常置されている戦闘機の数を見ると戦争は終わってないんだなあ~と思いました。
「平和と戦争は隣り合わせになってる」と感じることができます。
沖縄の人達は、戦前・戦後を通じて本土のために犠牲にになったものです。
あなたは沖縄の基地の分散化は必要だとだと思いますか?
もうだいぶ前のことですが、沖縄の米軍の兵士が沖縄の高校生性暴行をしたと言うのをテレビのニュースを見ました。
沖縄では大変な騒ぎになりましたが、本土の人たちは無関心ではなっかたのではないでしょうか。
これがお隣の韓国ではどうでしょうか。
同じような事件がありました。国中が大騒ぎになりましたね。
どうしてこんなに差があるのでしょうか。
これでは、沖縄は日本国としてでなく、独立国となったほうが沖縄のためによいのではないでしょうか。
沖縄の基地の分散化が必要かどうかは私には分かりませんが、これには高度な政治的判断が必要なのでしょうね~。
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