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1. 表題書籍について
2. 表題書籍の目次
3. 本ブログ筆者視点での表題書籍の内容についてのコメント
3.1 abc予想とIUT理論について
3.2 その他の内容について
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更新履歴
1. 表題書籍について^
まず、出版社の Web ページから基本情報を引用しておく。
https://gihyo.jp/book/2013/978-4-7741-5829-7
「知の扉シリーズ
21世紀の新しい数学
-- 絶対数学、リーマン予想、そしてこれからの数学 --
[表紙]21世紀の新しい数学 -- 絶対数学,リーマン予想,そしてこれからの数学--
2013年7月23日紙版発売、2013年8月5日電子版発売
黒川信重,小島寛之 著
四六判/208ページ
定価1,738円(本体1,580円+税10%)
ISBN 978-4-7741-5829-7
この本の概要
リーマン予想研究の第一人者黒川信重先生,経済学者で数学エッセイストでもある小島寛之
先生による対談本。数学の今と未来の姿を存分に堪能できる1冊です。
話題はリーマン予想が取り上げられた映画『容疑者Xの献身』で描かれた数学者と物理学者の
違いから,数学の報道や教育,さらに記憶に新しいabc予想や,つい最近新たな進展があった
双子素数に至るまで盛りだくさんです。未解決問題を解くカギを握る新兵器も紹介します!
こんな方におすすめ
数学に(なんとなくでも)興味がある人
数学の最先端を知りたい人」
別記事で取り上げた「ABC予想入門(黒川 信重/小山 信也【著】)」とは違って、普通の
「一般向け啓蒙書」のスタイルで書かれている。:-) 「対談形式」ということもあり、テンポ
よく読める。
「表題による内容のしばりが弱い」ことも寄与して、前掲書と比較して一回り大きいとは言え、
ページ数が同程度なのに話題が圧倒的に多い。共著者の一人(小島寛之)が一般向け啓蒙書を
書き慣れているためか、「わかった!{気分になれる、感動が味わえる}箇所」も圧倒的に多く
「お得感」がある。:-) 後で引用する目次で章の半分(8/15: 付録も章と同じに数えれば 8/16)
にある「図解」が、そういう意味での、この本の「ウリ」の一つ。「まえがき」を少し引用する。
「本書は、話題の未解決問題・リーマン予想と、つい最近、望月新一教授によって解決された
かも、と評判の abc 予想を中心に、21世紀の新しい数学を展望する本です。...
... ぼく自身の経験で言えば ... 専門家たちが飲み会でする ... シラフなら決して言わない
ような、大胆な解釈や批判 ... を聞いていると、専門用語の意味はわからないものの、数学や
物理の世界の「現在と未来」が浮かび上がり、ワクワクしてしまいます。そういうのを世の中
では「耳学問」と呼びます。... 本書の対談は、(シラフで話していますが、笑い)、そんな
耳学問の楽しさをプレゼントします。(A)
... いくつかの重要な数学概念については、ぼくが「図解」としてお見せする試みをしました。
これまで何冊読んでも理解に及ばなかった読者が、「なんだ、そーゆーことか」と膝を叩いて
くださることを期待しています。(B)
... 多少数学に心得のある読者は、付録 ... レクチャー「空間と環」を読みください。...
整数から超準解析までを「環」の理論で貫き、「環」から空間を構成 ...
... 超準解析とは ... 無限大や無限小を ... 数として捉え、関数の連続性や微分積分を極限
概念なしに展開する理論... これが「環」と深く関わることは、専門家にさえあまり知られて
いない事実ではないかと思われます。(C) ....」
# (A), (B), (C) は、本記事中での参照の都合上、本ブログ筆者が付けた「文章内の位置」。
この本の Amazon でのレビューに不適切なものが目についた。低い評価や評価自体は高く
ても「読者を選ぶ」などとあるのは、(A) ---- 大半のページは、この部分 ---- の成分を味わい
損ねてしまったゆえの「個人の感想」:-) に過ぎない。少なくとも、第1章の「映画の小道具
としての論文」の話題や第2章の「ポアンカレ予想を解決したペレルマンの論文には、数式が
ほとんどなく「言葉ばかり」だった」といった話を楽しむために、大層な予備知識など不要な
ことは明らかだろう。まあ、筆者も本書の (B),(C) の側面を高く評価すること自体には異論が
ないので、その部分だけについての「感想」をレビューに書いてしまったのも、無理からぬ事
かも知れないとは思うのだが。
2. 表題書籍の目次^
前節で述べた (B) と (C) の側面については、目次を見るのが、一番分かりやすいと思うので、
(次節で参照する都合もあるので)丸ごと引用する。なお、前掲の出版社のページで「目次」
というボタンが表紙の画像の少し下にあり、それをクリックすれば、目次全体が表示されるの
だが、後で目次の項目にリンクを貼りたくなったりするかも知れないということもある。
第1章 リーマン予想が映画『容疑者Xの献身』に出現
数学者が犯人!?
数学者 vs. 物理学者
図解ステップ1 オイラーの発見
第2章 数学はメディアでどう取り上げられてきたか?
abc予想の場合
みんなで盛りあがれる数学
図解 ポアンカレ予想
図解ステップ2 オイラーの五角数定理
第3章 未解決問題はどうやって解決されていくべきか
賞なんていらない!?
予想解決の先を見る
解説 谷山予想
第4章 abc予想,リーマン予想の今
リーマン予想解決の強力助っ人登場?
数学者は孤独?
リーマン予想の今
図解ステップ3 複素数の関数
第5章 abc予想の攻略方法はフェルマー予想と同じだった!
abc予想とフェルマー予想
abc予想の別のバージョン
解説 スピロ予想
図解ステップ4 リーマンゼータ
図解ステップ5 リーマン予想
第6章 数学の厳密さと奔放さ
自由性あっての数学
図解 スペックゼット
ゼータ関数は生きている!
リーマンゼータのいろいろな表し方
解説 零点に関する積
図解 セルバーグゼータ
図解ステップ6 素数定理
第7章 コンピュータとゼータの間柄
今までみすごしていたリーマン予想の虚部
コンピュータと未解決問題
第8章 これからの数学のカギを握るスキーム理論
イデアルの威力全開
図解 極大イデアルと 素イデアル
いよいよスキーム理論へ
図解 ゲルファント・シロフの定理
図解ステップ7 リーマン素数公式
第9章 コホモロジーという不変量からゼータを攻める!
図解ステップ8 ホモロジーとコホモロジー
第10章 多項式と整数の類似性
多項式版が先か,整数版が先か
整数も微分できる?
第11章 ラマヌジャンと保型形式
ラマヌジャンの奇抜な発想
解説 ラマヌジャンのデルタ等
深リーマン予想
数学者は美しいものに弱い!?
第12章 双子素数解決間近!?
第13章 素数の評価とリーマンゼータの零点との関連性
規則性と不規則性のはざまで
ゼータ関数は三角関数の1つ
第14章 黒川テンソル積という新兵器
今もっとも有望な方法論に迫る
図解 ドリーニュの方法のイメージ図
図解 ガウス積分
解決目前か?
解説 黒川テンソル積
第15章 アインシュタインの奇跡の年,黒川の奇跡の年
付録 空間と環
1 位相空間
2 環
3 イデアル
4 スキームと位相
5 ハッセ・ゼータ関数
6 ゲルファント・シロフの定理
7 有限位相空間の場合
8 一般の場合の証明
9 超準構成
10 絶対スキーム
3. 本ブログ筆者視点での表題書籍の内容についてのコメント^
「個人の感想」です。:-)
3.1 abc予想とIUT理論について^
前節で引用した目次に「abc 予想」という文字列がなくても、本文で言及がある章もある。
abc/ABC と「望月」という文字列の出現だけ見ると、第3章、第7章、第10章そして第14章が
そうだ。第7章では「ABC予想入門」という書籍名が、abc 予想自体とは無関係の話を引用
しているために出てくるだけだが、第3章、第10章、第14章での言及は、abc 予想/IUT理論に
直接関わる内容。目次から言及が明らかな章も含め、数多ある「abc 予想解説 Web ページ」や
他の一般向けの解説書籍に出てこない(まえがきの (A) にある「耳学問」ならではの)コメントが、
非常に興味深く読めた。特にハッとさせられた箇所をいくつか引用する。
第2章 p.29-31
「... 望月さんの立場になって考えてみると、2000年ごろからずっとどのようなことが必要に
なるかくどいほど言っていることなんですね。F1 上の幾何が必要だと。... 本人としては、
もうやらなくていいだろうと思っている。今回のタイヒミュラー理論だと ... 最終解決の場面
だけを切り出している ... モチベーションをつかみにくい ... なぜ、500 ページもかかるのか
... 2000年くらいからの論文、講義録を読むと... F1 上の幾何が必要な理由がいろいろ書いて
あって、多分、いろいろ模索したんですね。...
# ↑ 望月の「2000年くらいからの論文、講義録」では、「F1 上の幾何」より「圏の幾何」の
# 必要性への言及の方が目立つが、黒川は望月の言う「圏の幾何」も含めて「F1 上の幾何」と
# 呼んでいる可能性が高い。∵「「圏の幾何」が必要な理由は、「演算が「射の合成」しかない」
# つまり「1次元」である「圏」の言葉で問題を記述すれば、「環」の加法と乗法という2つの
# 演算の絡み合い(=「2次元」である事の複雑性)に由来する abc 予想の困難を解消できそう
# だから」というのが望月の説明。黒川の言う「F1 上の幾何」は「「環」でなく「モノイド」
# (演算は乗法のみ)を基本にする幾何」くらいの意味と思われる事と「モノイド」は「圏」と
# 見なせる事から考えて、黒川は望月の構想を、自分好みの用語で表現したのであろう。
... 望月さんも論文で注意している ... タイヒミュラーが2つ考えたんだけど、それを同時に
取り込む ....」
第3章 p.36
「... 望月さんは、問題を解くのも好きかも知れないですが、それよりも新しい言語を開発する
ほうが好きというタイプの人のような気がします。」
第4章 p.46
「ただ、アイデアは簡単で、F1 上で数論をやればいいという方針なわけです。....」
第4章 p.48
「個人的なことを言いますと、ぼくは信用しているんです。... F1 スキームや F1 上の幾何を
使って、ある意味で最初の成功例になると多います。」# 2013年時点のコメントである事に注意。
第4章 p.51
「望月さんは、... リーマン予想についてコメント ... 現在の abc 予想を中心としたテーマ
では、「宇宙際テータ関数」を研究した ... この先に「宇宙際メリン変換」を研究することに
よってリーマン予想に近づけるのでは、というものです。....」
第14章 p.164
「望月さんは本体4部作にも書いているし ... 講演に基く解説論文でも強調しているんですが、
ガウス積分を2通りに計算して求めるということの類似をやっているんだというのが、彼の説明
なんです。....」
# 2023-01-30: ↑望月は「(1) ガウス積分の変数名を変更したものとの積を二重積分で表示し、
# (2) その二重積分を極座標に変換して求める(「最も有名な証明」)」方法に言及している。
# こうした比喩による解説は 別記事での説明→「“宇宙際” についての FAQ 」 p.2 A4 を参照。
3.2 その他の内容について^
本記事は予定より長くなってきたので、手短に済ませる(言い残しは、別の機会に)。
ゼータ関数についての数多い「著:黒川信重」の書籍を読む上で役立ちそうな内容が多い印象。
あと、「なぜ「F1 上の数学」を「絶対数学」と呼ぶのか」という、以前からの素朴な疑問への
答らしきものが、下記の記述から感じとれたような気がする。 多分、「絶対ガロア群」という
用語での「絶対」が「考えている「体」を基礎にする ガロア群をすべて含む」というあたりから
使われているのと似たイメージで、「従来の「環」を基礎にする数学をすべて含む」ようなもの
という発想からの命名ではあるまいか。
↑第4章 p.45
「... いままでの環の上のふつうのスキームは全部 F1 スキームと見なせる。....」
第6章 p.71 図解 スペックゼット(Spec(Z)) について望月新一の入門的解説がある。
第9章 p.119-p.122 にあるホモロジー群の説明について、参考になるかも知れない事を少々。
↑ここで説明されているのは「「単体的複体」のホモロジー群の調べ方の「簡単な図形での例」」
だが、複雑な形の図形(に対応する「単体的複体」)に対して「境界を求める」計算の場合も、
結局は「単体(=頂点、辺、三角形、四面体、...)に対応する変数の加減算と整数倍」なので、
*整数係数の行列*で表される。なお、「行の数「と「列の数」は同じとは限らない(というか、
「ホモロジー群の計算」に出て来る行列の場合、普通は異なる)。
# 注)↑ 数学では「ホモロジー群の構造を調べる」事を「ホモロジー群を計算する」と呼ぶ事が
# 多い。初見だとギョッとする(少なくとも筆者は、そうだった^^;)言い方だが、ネット検索
# の際などには、知っておくと便利だし、「「単体的複体」のホモロジー群の計算」の場合は、
# 大部分が前述の行列に対する*係数の計算を整数の範囲に限定した、消去法/掃き出し法*に
# 帰着するので、「計算」という呼び方への違和感は少ない。
http://www.misojiro.t.u-tokyo.ac.jp/~hirai/teaching/kikasuriR2/homology_new.pdf
https://qiita.com/hiro949/items/9c793415313be6312154
# 結局は行列の計算なので、スクリプト言語で書かれた「ホモロジー群の計算プログラム例」は
# ネット検索で結構見つかる。なお、行列の計算部分は「(整数係数行列の)スミス標準形」を
# キーワードに検索すればよい。実は、抽象代数学の「有限(生成)アーベル群の基本定理」や
# 「単因子論」の証明に出てくる計算は、「スミス標準形」を求める操作に他ならない。e.g.
https://qiita.com/Amefurase/items/8b4708bdc30cd73a7e20
# 近年、「ホモロジー群の計算」には、タンパク質の立体構造の解析や、様々な工学的課題での
# 「(複雑な)形について(「穴の数」などの)特徴を定量的に調べる」といった実用的な応用が
# あり、下記の文献/URLで紹介されている「ホモロジー群の計算専用の高速プログラム」もある。
# ↑「ホモロジー群が(「ホモトピー」による)連続的変形で変わらない」事を利用して、簡単な
# 図形に変形してから計算するなどのテクニックを駆使して、計算を高速化している。
https://www.jstage.jst.go.jp/article/bjsiam/18/1/18_KJ00004881440/_article/-char/ja/
http://pawelpilarczyk.com/preprint/2008chom.pdf
https://peng225.hatenablog.com/entry/2017/02/18/133838
「タンパク質構造とトポロジー」平岡裕章
# ↑副題に出てくる「パーシステントホモロジー群」の計算では、整数の代わりに二元体F2 係数
# 多項式が成分の行列が使われる。なお、同書ではF2 をZ2 と書いている。
# 「体」である事を強調する時は前者、整数を 2 で割った余りだけ見る事を強調する際は後者の
# 記号が使われるためか、代数の本では前者、位相幾何の本では後者の使用が多い印象を受ける。
# 因みに、F2 / Z2 は、加法と乗法が、それぞれがビット演算の「排他的論理和 (Exclusive OR)」と
# 「(論理)積 (AND) 」という*ただ1つの命令*に直接対応し、計算機で効率良く計算できる。
位相幾何での「ホモロジー群の計算」一般について、ネットに下記のような問答を見かけた。
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q10111923580
「教科書」としては、下記の記述が丁寧で分かりやすそう。
「幾何学 II ホモロジー入門」坪井 俊
代数幾何などでの(コ)ホモロジーの話だと、最初に「射影加群」と「{入射、単射}加群
("injective" の訳語が本により違うだけで同じ概念)」など、可換環論の用語が出てくる。
この方面の入門レベルの記述としては、下記の教科書の関連する章が読みやすそう。
「可換環論のかんどころ」後藤四郎 第6章 (p.183-p.213) 正誤表
「代数学3 代数学のひろがり」雪江明彦 第6章 (p.239-p.302)
より詳しい説明は、下記などの一冊丸ごと「ホモロジー代数」の教科書にある。
「ホモロジー代数入門」D.G. Northcott、新妻 弘
「層とホモロジー代数」志浦 淳
「ホモロジー代数学」安藤 哲哉 ←著書の正誤表を含む著者のホームページ
証明とかはない「お話し(やや固めかも)」レベルでの紹介については、下記が話題豊富。
「代数学とは何か」著:シャファレヴィッチ、訳:蟹江幸博 §21 (p.296-p.319)
下記には、群のコホモロジー概説を含むガロアコホモロジーの簡潔で読みやすい紹介がある。
「代数学 III 体とガロア理論」桂 利行 3.3 (p.93-p.98)
上記の説明は下記ページと一部の話題(定義と「ヒルベルトの定理90」への応用)は重なる。
https://tsujimotter.hatenablog.com/entry/definition-of-group-cohomology
望月新一の位相幾何と数論幾何を対比した入門的解説(基本群の説明含む)2つ。
数論幾何の風景 ― 数の加減乗除から対称性の幾何まで
基本群に映る双曲的代数曲線の構造←論文のページにある文書だが、分かりやすい。
付録の「空間と環」の内容にも驚かされた。「ゲルファント・シロフの定理」の証明が意外な
ほど簡潔だったので、「可換環と空間の対応」という、話自体は何度か目にしていたものの、
イメージが持てずにモヤモヤしていたあたりがスッキリしたのは嬉しい。「非可換幾何」なる
分野が「「非可換環」に対応する「空間」概念を新たに考える事だ」という話も、これで少しは
取っ掛かりが出来た。超準解析の「環」の用語による説明も新鮮だった。