之聴以心:之を聴くに、心をもってせよ(人間世)
---言葉の奥に心がある---
「耳で聞く」のと「心で聴く」、どう違うのか?
人の話を聞くには、心で聴くことが、肝心である。
人の話は、普通は、耳で聞く。「耳で聴く」のと、「心で聴く」のとは、どのように違うのか。
「耳で聞く」とは、是非善悪の考えをはっきり持って、相手の話を聴くことをいう。
この聞き方は、常によく相手の意見を聞き取っていなくてはならない。
考えが相手と会えば、相づちを打つが、考え方が違うと、すぐに首を横に振らなくて
はならない。
では、「心をもって聞く」とは、どういうことなのか。
相手を好きならば、「好きな心」で、相手の言葉を聞く。
相手を愛しているなら、「愛の心」で、相手の話を、広く大きな心で聞いてやるのである。
いま、相手を本当に愛しているなら、相手がどんなことを言おうと、冷たく「ノー」とは、
言えないであろう。「心をもって」機器、優しい「心をもって」話す時、会話によって、
お互いの心の寒さを温めあうことなのだ。
耶馬の郷は、今日も澄み渡る青空が広がっていた?
イガ爺は、リタイア後、ちゃこ婆と、一日中、顔をつき合わせているよね。
働いていた頃は、そんなに、顔を合わせなくても、よかったのにね、
しかし、今は、やむなしだよね。
荘子の言葉どうり、「心で聴く」事の大切さを痛感してるんじゃないの?。
恋愛中の、あの、愛はないが、敬の心は、あるよね、が、・・・やはり、言葉を受け
切れない事ってたくさんあるんだね。
でもよく考えてごらんなさいよ。 若い頃、大いにもてていた、チャコ婆が、
よりによって、何処の馬の骨か解らないイガ爺と結婚してくれたのだから、
感謝しなくては、チャコ婆に思いを寄せていた多くの男性に、申し訳ない!!
まあ、とりとめない・・・・”おいた”だが
21:05分投稿
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