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「飯田さんがカフェのガイドをすることになったら、
僕がお客さん第1号になりますよ」
あれは去年の秋だっただろうか クルミドコーヒーの
地下でそんなお話をして それから私は夢を見て
いつだったか 影山さんに手紙を書いた。
フロールのテラスを絵に描いて いつか一緒に
ここに座れたらいいですね、と・・・。
その時は夢想だったのに。
その手紙を投函してから1年くらいが経ったのだろうか
おそらく思っていたよりずっと早く そしてもっと大規模に
その現実はやって来た。そう11人もの人と一緒に
影山さんと私はフロールのテラスに座ることができたのだ。
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影山さんがフロールにいる!!それは嬉しくて仕方ないことだったけど
その喜びをかみしめて浸る暇もなく1本の電話が鳴った。
「今晩のこと大丈夫なの?ミッシェルがおこってるみたいだよ」
これはまずい・・・
ミッシェルに電話をすると、「ミキねえ どういうつもりなんだい?
何も用意できてないじゃないか。20人分のご飯をどうする気なんだ、
今ここには何もないよ?」「え?本当に、そんなに来るの?」
「だから呼ぶって言っただろ!」
2日目の夜には友人宅で、ワインなんかを味わいながら
ちょっとした日仏交流会みたいなものをしようと企画していた。
しょちゅう自宅でサロンみたいなのを開いているミッシェルは
「フランス人たちはこちらで10人くらい呼ぶよ」と約束
してくれてたものの、2日前になっても「まだ呼んでないよ」という。
そんな様子に不安を抱き、フランス人はまあ3人くらいくればいいかと
思っていたら、彼は約束通り、いやそれ以上に知人達の
約束をとりつけてくれたらしい。流石ミッシェル!
「わかった、じゃあ18時に行くから!
用意はこちらでするから大丈夫。何も買い出ししなくていいからね!」と
なんとか納得してもらい 電話を切って席に戻ると
「そろそろ行きましょうか、、、」という雰囲気になっていた。
うー残念!もう少し余韻を楽しみたかったけれど
この日はとっても忙しいのだ。そう 2日目だというのにすでにハイライト。
今日はパリの歴史的カフェをほとんど全部巡るのだ。
2日目は朝からサン=ジェルマン・デ・プレの歴史的カフェに行き、
お昼はフランス革命が生まれたと言われるカフェ・プロコープに行くプラン。
デプレの歴史的カフェ、ドゥマゴとフロールはあまりに
目と鼻の先なので、二手にわかれて入ればいいか、
お腹もきっともたないし、と直前まで思っていたけど 目の前で
ドゥマゴの立派な風格を目にしてしまうと こちらもやっぱり捨てがたい。
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「隣り合ってるしお腹がタプタプになるだろうから」という
そんな理由で、一生に一度かもしれないというパリのカフェツアーから
どちらか一方のカフェをはずしていいものだろうか?
いや いけない・・・!!
じゃあやっぱり両方行っちゃいましょう ということで
ドゥマゴもフロールにも行くことにした。
この選択は決して間違ってなかったと思う。
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「ドゥマゴはショコラが美味しいんです。7ユーロもするけど
他の店の4ユーロのショコラを2杯飲むより、ドゥマゴのショコラを
一杯飲む方が絶対いい!」とおすすめすると、半分以上の人は
朝からショコラ。お昼フランス料理だけどお腹大丈夫かな?と思うのは、
私だけらしく、みんなショコラを美味しそうに味わっていた。
私もせっかくだからとショコラを注文。この味はやっぱりここでしか
味わえない!というのはその後他店でショコラを頼んだ人からも出た感想。
ドゥマゴのショコラは、カカオを丸ごと口に含めたような、とろりとした
濃厚な舌触りと、優雅でしつこすぎない甘みがあって、しっかりしてるけど重すぎない。
ああ私はパリに来たんだ、と感慨に浸っていられる、ここにしかない味わいです。
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それから隣の本屋、la huneでデザイン系の本を物色し、少し
お腹を落ち着かせ、すぐ隣のフロールへ。お昼前のフロールは
もはやテラスに席はなく、あわや11人で店内の赤い革張りの椅子席かと
思ったけれど、何人かに別れたり、タバコが吸えるというので、
ガラスに覆われていない外のテラスに行く人たちも。
こうしてなんとか全員でテラスを楽しむことができました。
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「まさにこのフロールからいろんなものが生まれたんですよ」
と今でも神々しい輝きを放つフロールでちょっと説明。ここで
アポリネールがフィリップ・スーポーをアンドレ・ブルトンに
紹介していなかったなら、シュールレアリスムは生まれて
なかったのかもしれない。
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さて、デプレを少しだけ散策してからお待ちかねのプロコープに
到着すると、早速難題が待ち構えてた。
12名で13時に予約したはずが、予約リストに名前がない。
嗚呼フランス、、、ついに来たなという感じ。でも「確かに
予約しました」と言い張ってみる。だって私の後ろにはもうご飯だ~!と
思っている11人が楽しそうに待ってるのだから。ありがたいことに
何が起こったかを知っているのは私一人だけのはず。
プロコープ!と思っていたみんなに「実は予約がとれてませんでした」
と言う訳には決していかない。
「すみません、ちょっと待ってくださいね」と何事もなかったように交渉開始。
「13時に他の人の名前で12人の予約が入ってますが、あなたは
この人じゃないですよね?」「違います、イイダの名前で予約しました」
と10分くらい強気で振る舞っていると「とにかく席はなんとかしますから
ご安心してください」という。通されてみると結局電話で聞いていた
丸テーブルの席だった。なーんだ、やっぱりあったんじゃん、、、
これがフランスでの交渉事始め。
それからこんなことの連続だった。
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2階の席に案内されるとワーっという歓声。歴史的で落ち着いた
雰囲気に鳥肌が立った人までいたらしい。ここでは30ユーロは
使うことを覚悟してたけど、何と21ユーロのコースがあって、
この雰囲気でこの値段は格段にお得だろう。なんせ日本のフレンチレストラン
でいうならランチから1万円くらいしそうな雰囲気なのだ。特に美味しかったのは
ポトフとアイスクリームで、プロコープの歴史の裏できっと活躍していた、
開店当初からコーヒーとともに名物だったアイスクリームは日本のラクトアイスと
同じな前で呼んでほしくないと思うほど別物だった。アイスというのか
イチゴというのか その中間でもないような・・・あのドゥマゴの
ショコラのように、初体験でとろけてしまって、うっとりするような味でした。
どうも フランスには快楽の味というのがあるような・・・
プロコープで優雅に昼食を味わっていたら、お店が終わるともう
4時近く。仕方がないので予定変更。セーヌ川はまた今度にして、
オデオン通りを通ってリュクサンブール公園を抜け、
モンパルナスのカフェ地区へと向かう。
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寒くてピクニックどころではないリュクサンブールを
早足で駆け抜けて、天文台まで来ると、ヘミングウェイが愛したカフェ、
クローズリーデリラがある。彼がしょっちゅう見上げてた、剣を
振りかざすネイ将軍の像を我等も一緒に見上げたりして
あの時代に想いをはせる。そうここからモンパルナスの歴史が
はじまっていったのだ。ポール・フォールという詩人が開いた
詩の集いには、世界中から詩人や芸術家、音楽家たちが集まって
心地よいライラックの木に囲まれたテラスでお酒を
飲みながら詩に酔っていた。そしてピカソもやってきた・・・
「ここは1つの卵のようだった。この時代、フランスの首都において、
むしろ世界中で、精神的に最も活力があり、最も生産的な者たちで
一杯になっていた。すでに偉大で名声のある、もしくはこれから
そうなるであろう画家たち、彫刻家たち、小説家たち、思想家たちが、
キラキラと輝く長い部屋のまわりにならんだテーブルの前に腰掛けたり、
1つのテーブルからまた別のテーブルへと移動したりしていた。
ある人たちは、外のテラスで、夜空の方に剣をふりかざしている
ネイ将軍のまわりに植えられたマロニエの木の下で涼んでいた。
最も無謀であったり、最も古いものや最も新しい雑誌の
全ての編集部がこの時間に集合しているかのようだった。」
(アルデンゴ・ソッフィッチの言葉 George Lemaire著 «café d’autrefois »より)
そんなクローズリー・デ・リラの詩の集いはめちゃくちゃうるさかったらしい。
でもきっと朝なんかはとても静かだったのだろう。
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緑の樹々に囲まれたこの店のテラスはパリといっても別世界。
ここだったら誰にも邪魔されずに心地よく
自分の世界に入っていられる、、、そんな素敵なカフェなのです。
→つづく
パリカフェツアーvol.3 モンパルナスの歴史的カフェと日仏交流ソワレ