江戸時代
明治から昭和、大東亜戦争前まで
大東亜戦争、戦時体制、食管法体制
戦争に負けて生産落ち込み(若い男がいない世の中)食糧不足時代
戦後のベビーブームで人口急増時代
お米の最大消費量は団塊世代がガキの時代の昭和35~36年あたりかな。
一人あたり、今の倍以上食べていました。
(だけど、肥満は今の何分の一だろうね)
有史以来、日本はずっとお米が足りなかった。
食管法の時代、もはや戦後ではない時代までその法律は続き。
政府がお米を買い上げ、登録業者である米卸を通じて、これも許可制の米小売店通じて消費者、業務店にお米は流れていた。
平成5年の超大不作を経験し、平成7年に食管法はようやく廃止され食糧法に変わりました。
作る自由
売る自由
と、云われたわけですが、
実態はそうではなく、
減反に対する交付金(助成・補助金)をどう配分するかでほぼ決まっているのが実情です。
その間、
どんどん、どんどん消費量は減り・・・
さて、これから生産農家はどうなるのか、流通はどうなるのか、小売はどうなるのか?
農協の立ち位置は?
府県の全農、道のホクレンの立ち位置は?
生産農家の立ち位置は?
純粋生産県(消費人口が圧倒的に少ない地域)
生産消費県(生産もありそれなりの消費もある地域)
消費都府県(生産量より消費量の方が圧倒的に多い地域)
米作り農家のこれからは?
生産地と消費地では違うし
小生の会社と今年から取り組みを始めた農家がいます。
小生の息子世代の若者ですが、変わった経歴(農業者として)の持ち主。
秋田の友人生産者から紹介され。
29年産で初めての取り組みをさせていただいた生産者でもあります。
農家で数字に基づいた経営を語れる人は少なく。
たいていは、農水大臣でもなかろうに、農政を語り、農政の批判をする人が多い中、冷静に現状を分析しています。
参考にしてください。
今後について米作り体制の考
察
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