こんばんは、安井ふみです。
50代独男です。
お正月からだいぶ過ぎたようで、『まだ今日20日か…』のような気がする私です。
成人式が昔は『十五日』と固定だったのが、変動制の第二月曜日となってからは、
最短で八日、
最長で一四日と、
『十五日』より確実に短く、しかも早めの『成人式の日』になることも少なくないため、一月のどこかおめでたい雰囲気が早めに打ち切られているような気がします。
え?
「あなた、もう成人式なんてはるか彼方に過ぎてしまっているし、結婚もしていなく子供もいないし、親類親族に成人の該当者もいないし、過去にいても当時お祝いなんてしなかったしで、
そうもほとんど関係ない話に便乗するかのようなことをするの?」
なんて閲覧者さんは思うかもしれませんが、
いえいえ成人式の日には、近くのショッピングモールには成人式帰りの晴れやかな着物を着た女性達やおしゃれスーツを着込んだ男性達の新成人が、時には花束を持って平和な光景が見れるので、成人式は今の私も『一月のおめでたい雰囲気』をまだまだ楽しませてくれるのです。
など書き綴っていますが、なぜ話が成人式へと脱線したのか言えば…、
そうそう15日くらいまでなんだかお正月のお目出度い残り香的な雰囲気があったのに、それを感じないまま、もう今日20日になりましたってことですね。
お正月も大晦日も遠い記憶のように思えるこの頃です。
それでいいんしょうけど、なんかさみしいです。きっと私だけでしょうけどね。
多分、何もお目出たくもないのに、ただ大晦日→お正月と迎えただけ(過ぎただけ)で、
“新年明けましておめでとうございます”
と言っていたことに、『何、お目出たがっていたのだろう?』と、無理矢理お目出たがっていたことへの反動が今頃出てきたようにさえ思えます。
あのお目出たい気分(=幸せな気分)が今となっては、何者かさえわからないです。
こうなれば、“『おめでたい』を100回唱えれば、潜在意識に『おめでたい』が刻み込まれ、現実『お目出度い』気分になれるかも?”なんて、おめでたいことを考えつつ、
いやいやその『お目出度いことを考えつつ』のその『“お目出度いこと”=「おめでたい」と唱えれば、お目出度い気分になれるなんて簡単に思えてしまうお目出度い思考』自体もお目出度いとは、もう何だかさっぱりわからなくなってきます。
…そういや、ついこの前の土曜日の夜、近くのショッピングモールのゲーセンのクレーンゲームで、これが獲れたんですけど、
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落ちる時斜めになって出口に引っ掛かり、
急いで近くの髪が金髪の若い男性店員さんに声を掛けたら、ゲーム機を開けて取り出してくれ、『おめでとうございます!』と笑顔で手渡されましたわ!
この件をふと思い出して、
やっぱり『お目出度いこと』は、実際何か『お目出度いこと』があって、それに対して、誰かに「おめでとうございます!!」って言われたいです。
それが本当の『おめでとう』なのでしょう。
なんて考えていくと、「私、もしかしてただのお目出度い気分に浸りたい『軽すぎるお目出度いヤツ』じゃないかもしれない!」なんて、テンション高めに思ったりした後ふと、
50代独男がこのようなヨッシーのビッグサイズアクションフィギュアなるものをゲーセンで獲れてすごく喜んでいる自体に、『本当にお目出度いヤツ』がここに確実にいたことに気づくのでした…。
最後までお付き合いいただきありがとうございます。
ふと考えると、『おめでとう』と言う言葉を使うなんて、『ブライダル関係の会社』か『ゲーセン』くらいなものじゃないか??とよく考えないで書く安井ふみ。