今宮神社 京都市北区紫野今宮町21
一条天皇の御代(994)六月、当社地に祀る疫神を二基の神輿に齋いこめて船岡山に安置し、神慮を慰め奉って悪疫退散を祈りました。これが紫野御霊会であり今宮祭の起源です。5代将軍徳川綱吉(1680年~)の生母桂昌院(お玉)の再建事業によるものと言われています。 Home Page
神門
拝殿
拝殿
柴野稲荷社
末社
拝殿
拝殿
拝殿横
本殿
本殿
疫神社
十一社福
阿呆賢(あぼかし)さん
阿呆賢(あぼかし)さん
絵馬
月読社
若宮社
「玉の輿」の語源の由来とされるのがこの桂昌院(お玉)の出生の話です。もともとは身分の低い西陣の八百屋の娘だったお玉が、将軍・徳川家光に見初められ側室となり、大出世したというもの