またカブト虫がいました。昨日の朝私が見つけました。不思議なことに、先月ラッキーが発見したのとほとんど同じ場所です。前庭の門扉の下に転がっていました。とっくにシーズンが終了したと思っていました。先月のカブト虫よりかなり大きかったです。今度は家では飼わず、そのまま庭の木に放してやりました。どこへ消えたかわかりません。
さて、今日は遠い昔の思い出話をしましょう。もう30年以上も前のことです。半分は自慢話で、もう半分はちょっと恥ずかしい話です。そのころ私はまだ子ども向けの映像作品を手がけていました。
ある年の7月上旬、カブト虫やクワガタ虫の生態を描くために山梨県の韮崎市に近いクヌギ林でロケをしました。スタッフは私のほかに、カメラマンと照明さん、音声さん、運転手の5人、アシスタントの女性1人、それに解説役として、とっくに亡くなられましたが昆虫の権威の大先生、総勢7人で3泊4日の日程でした。当時はビデオではなく、まだフィルムを使っていました。
これは当時の業界秘密かもしれませんが、カブト虫やクワガタ虫をクヌギ林などで撮影するときは、もし自然の状態で見つからなければ大変困ったことになるので、予め「虫屋さん」に立ち寄って何匹か仕入れてからロケ現場に入るのが常識になっていました。
私も常識にもれず、韮崎市の虫屋さんでカブトムシ、ノコギリクワガタ、コクワガタなどを適当に見繕って買っていきました。当時、カブト虫1匹が300円くらい、ノコギリクワガタが500円くらいだったように記憶しています。
ロケ地に選んだクヌギ林は、運転手の人のすすめで決めました。なぜなら、その数年前にも彼は撮影に訪れていて、実際にクワガタ虫をたくさん見つけたと言ったからです。
さて、カブト虫などの甲虫類は夜行性ですので、撮影の半分くらいは暗くなってから行います。やはり本物の?カブト虫やクワガタ虫はそうそう簡単には見つかりません。しかも短い日程で効率よく撮影しなければならないのです。予め仕入れておいた虫たちに役者になってもらう必要があるのです。樹液の出ているところに連れて行くと、期待通りに、急に元気になって餌場争いを始めてくれます。カブト虫がノコギリクワガタを投げ飛ばすお決まりのシーンもシナリオ通り撮影できました。
撮影は順調で、カブト虫やクワガタの登場する夜のシーンも、昼間に行った先生の解説シーンも、3日目の午後までにほぼ撮り終えてしまいました。昆虫の大先生は多忙だったので、2泊して東京に帰って行きました。
7人で小さな旅館に泊まって夕食時に話題になったのは、「黒いダイヤ」と呼ばれていたオオクワガタのことでした。当時、オオクワガタは珍しくて貴重なもので、東京のデパートでは大きいもので1匹4万円で売っていたのです。今は人工飼育ができるようになったかもしれませんが、そのころは別名「まぼろしのオオクワガタ」とも呼ばれていたくらいです。
飯を食いながら、酒を飲みながら、みんなで「ここにオオクワガタがいればいいのに」とか、「あれは人が踏み込めないような林にしかいないそうだから、無理だ」とか、その話題で大いに盛り上がりました。なにしろ幻のクワガタなのですから酒の肴にはもってこいです。1匹4万円というので、普段は虫などに全く関心のないスタッフも興味をもつことになりました。
3日目に大先生が帰ったあと、私はある「閃き」に誘われて、夕方まだ明るいうちに撮影現場になっていたクヌギ林を一人で歩いてみました。そうすると、撮影時にはあまり気がつかなかったのですが、相当の年数が経っていて朽ちかけたように見える太いクヌギや、切り株になったクヌギがたくさんあることに気づきました。前の晩、大先生は、「実は、私はまだオオクワガタを触ったことがないんですが、とにかく古くて太いクヌギの中に隠れているらしいんです。だから普通では見つからないんです」と話していたのを思い出しました。
夕暮れが迫るクヌギ林の中で、私は太くて古くて、しかも大きな穴のあいているクヌギの木のある場所を1本1本チェックしていきました。そうすると、見れば見るほど、穴の中に「黒いダイヤ」がいるような気がしてきたのです。そしてそれはほとんど確信のようなものに変わりました。
オオクワガタは非常に警戒心が強いので、人の気配を感じた途端、木の穴の奥に入り込んで、決して出てくることはないと、何かの本に書いてあったことも思い出しました。
3日目の夜、食事しながら私は「ひょっとして本当にオオクワガタはいるかもしれない」と口を滑らせてしまいました。はじめは「冗談でしょう」と受け流していたスタッフたちでしたが、酒の勢いもあって、みんなが「今晩取りに行こう!」とえらく盛り上がってしまいました。
しまった!オオクワガタは人を警戒するので、たくさんで行ってはダメだ。でも、既にみんながオオクワガタ採りモードになってしまっている。そこで私はある作戦を思いつきました。
食事を終えたのは夜8時少し前でした。もう外は真っ暗です。私の勘では、そろそろ幻のクワガタが穴から出てきて樹液を吸いはじめる時間でした、何の根拠もありません。100%第六感というやつでした。
仕方ないので、私はあとの5人を引き連れて旅館を出ました。クヌギ林は旅館から歩いて10分ほどの距離でした。その日に限ってアルコールをセーブした私を除いて、みんなほろ酔い気分です。ほかの人は口々に「黒いダイヤをみつけるぞ!」とか、「4万円ゲットするぞ!」とか言って高揚しています。これは下手するとぶち壊しになると思った私は、懐中電灯1本を持って、みんなよりも早く歩いていきました。酔っぱらいの話し声が、だんだんと後ろに遠ざかっていくのがわかりました。50メートル、70メートル、すでに100メートル位は離れたかなと思う頃、最初に目を付けていたクヌギの木に近づきました。
私は本能的にと言えばいいのでしょうか、木から10メートルくらい離れたところで、懐中電灯を消しました。出来る限り音をたてずに、真っ暗な中をその木に近づきました。遠くでかすかに仲間の話し声が聞こえてきます。私は木の真ん前に来ると、夕方下見して見つけてあった穴のある方に懐中電灯を向けて、パッと点けました。
その間、わずかに2秒くらいだったでしょうか。大きなオスのオオクワガタでした。穴から出たところを私の手が捕まえたのです。用意してあったカゴに急いで放り込み、次のクヌギの木に向かいました。ゆっくりしていると酔っぱらいたちに追いつかれて台無しになることがわかっていたからです。
まるで奇跡でした。あるいは、夢の中にいるようだったと言った方がいいでしょうか。2本目の木の穴からも、オスのオオクワガタが出てきていました。そして3本目の木にも、4本目の木にも、5本目の木にも、そして6本目の木にも。すべて懐中電灯を点けてから3秒以内の早業で捕まえたように記憶しています。6匹ともかなり大きなオスでした。6匹捕まえるのに要した時間は5分以内だったと思います。
後ろからカメラマンのT氏をはじめ、女性アシスタントを含む5人が私に追いついたときは、全てが終っていました。私が目を付けた木は6本だけだったのです。最後の木の所で私はみんなを待っていました。籠の中を懐中電灯で照らした時のみんなのどよめきは、それこそクヌギ林の中全部に響き渡るくらいだったかもしれません。
自慢話に聞こえるかもしれません。あるいはバカバカしいと思われるかもしれません。でも、幻のオオクワガタを一晩で、しかもたった5分くらいで6匹も捕まえることはほとんど不可能ではないかと思います。もちろん私はそれまでにオオクワガタは伊勢丹デパートで一度しか見たことがありませんでした。
余談ですが、その晩はほろ酔い気分のカメラマンと照明さんに働いてもらって、夜の10時ころまでオオクワガタを撮影しました。撮影中、1匹を木に放すと随分と元気に動き回って、あわや取り逃がしそうになりましたが、事なきをえました。
さて、その6匹のオオクワガタはどうなったと思いますか?私が捕まえたのですから、私の独断で決めてもよかったのかもしれません。でも撮影の仕事にチームで来たのですから、ほかのスタッフの意見も聞かざるをえませんでした。答えは、聞く前からほぼ分かっていて、ちょっとだけ不愉快ではありました。全員、6匹を売ってお金をもらいたいというのです。自分で飼ってみたいという人は一人もいませんでした。私は先に帰ってしまった大先生の顔が浮かんで、触ったことのない先生に1匹お土産にしたいなと思いました。もちろん自分でも飼いたいと思いました。でもほかの5人は売りたいと言って譲りません。
帰り道に、来る時に寄った虫屋さんへ行きました。まず撮影に使ったカブト虫とノコギリクワガタを返しました。そして、私はご主人に向かって単刀直入に言いました。
「オオクワガタを6匹捕まえたんですけど、いくらで引き取ってくれますか?」
ご主人は半信半疑の顔つきです。「これです」と言って、私は籠から6匹を土間の上に出しました。「ほ~っ!」虫屋のご主人の口から溜息が漏れました。何しろ黒いダイヤが6つも目の前に現れたのですから。「一体どこで捕まえたの?」「それは言えません。」「・・・・6匹も・・・・プロでもなかなか採れないよ。」
ご主人は金額を言う前に、目で私たちの人数を確認したようです。ちょっと一呼吸あってから「6万円でどうだ」と言いました。ほかのスタッフの顔色をのぞいてみると、それでいいという顔だったので、それで即決しました。ひとり1万円です。厳密に言うと、仕事で行って見つけたオオクワガタですから換金するのは問題だったでしょう。
東京に戻ってから大先生にオオクワガタがいたことを電話で報告すると、「うわー、あそこにいたの?しかも6匹も?せひ1匹いただけないですかね。」やっぱりです。先生も欲しかったのです。日本では有数の昆虫の権威なのに、ご本人はオオクワガタを手に取ったことがなかったのです。1匹1万円で虫屋に売ったことを正直に告げると、「なんてことをするの!」とやはり不機嫌そうでした。私も売ったことにはかなり引っ掛かりがありましたので、何も抗弁することはできませんでした。
悪事はバレるものです。どの程度の悪事なのか、今でもよくわかりませんけれど。もちろん、違法なことは何一つしていません。ところが、同じ会社の別のチームが、私たちの10日くらい後に、同じ山梨県内の別の場所でカブト虫を使った実験のロケをしました。そして、ご多分に漏れず、撮影の前に虫屋さんに立寄りました。それが何と同じ虫屋さんだったのです。
人の口に戸は立てられません。「この前来た人が、どこの林か知らないけど、大きなオオクワガタを6匹も捕まえて持ってきた。6人いたから1匹1万円と言ってやったら、喜んで売ってくれたよ。」と、ばらしてしまいました。そのロケチームの責任者は私の知らない人でしたが、ある日突然呼ばれて説教されたのは言うまでもありません。「恥ずかしいと思わないのか」と。私はまだ20代の若造でしたから、ただただご意見拝聴するだけで、反論の余地もありませんでした。
季節外れのカブトムシを見ると、なぜか夢のような、あの夏のことを思い出すのです。
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凄く面白かったので一気に全部読んでしまいました。
30年前の事ですか。今では韮崎も場荒れしてしまい中々オオクワは取れないようですね。
タイに飛んで早数年。
最近はクワガタと触れ合う事はなくなりましたが、昔を思い出してワクワクしながら読みました。
ありがとうございます。
夏休みに早く起きて カブトムシやクワガタを
とり 買いに来る業者のひとに 売って小使に
していましたね。 しかし オオクワガタが
どんなものか知らないです。 たぶん 幅広の
つよい 角のある くわがたでしょうか?
頭の角ばった クワガタは たくさんとれましたね。
まあ カブトムシが いちばんとれました。
ひとつの木に10匹くらい 群がっていたら 興奮したのを よく覚えています。
6匹採取した数年後、そのクヌギ林へ夏休みに行ったことがありました。すっかり様変わりして、古い大きなクヌギは1本もなくなり、木はまばらで、林全体が明るくなっていました。唖然としました。いたたまれなくなって、わずか3分ほどでその場を立ち去りました。
北タイにはオオクワガタと同種のクワガタがいるそうです。やはり、探してみたいという気持ちはありますね。実行するかどうかは別にして。
小学生ならいい小遣いになったでしょうね。
でもオオクワガタは、子どもではなかなか見つけられないと思います。見つけられる人は稀有ではないでしょうか。天然ものは、音に対しておそろしく敏感なのです。それでいて一旦捕まえると、ほとんど動きません。不思議なクワガタでした。
体長7センチくらい、幅広で厚みがあります。よく「ヒラタクワガタ」と間違われることがありますが、ツノの立派さが全然違います。