楽園づくり ~わが家のチェンマイ移住日記~

日本とタイで別々に生活してきた私たち家族は、チェンマイに家を建てて一緒に暮らし始めました。日常の出来事を綴っていきます。

父と子の再会

2016-07-06 06:55:35 | タイの暮らし

「お父さん、お父さん!私たち、とうとうチェンマイまで来ちゃいましたよ。長い間ほったらかしにして、ゴメンね・・・」

娘さんは、ベッドに寝ている父親に向かって最初にこう話しかけました。父親は、痩せこけた体を力なく横たえたまま、身動きひとつせずに娘さんの顔を見つめました。そばに居たタイ人のパートナーと私の妻は、その光景に涙を流しました。ところが、男性は弱々しい声で信じられない言葉を口に出しました。

「あなたは、誰?」

   ※  ※  ※  ※  ※

娘さんと息子さんの2人は初めてのタイでした。6月下旬は日本から来る観光客が多くはなく、飛行機の座席には余裕があるのが普通です。でも、旅行代理店でチケットが確保できたのは、何故かタイ航空だけだったそうです。あまりにも急だったのです。

土曜日の朝、私と妻は9時にチェンマイ空港に行き、バンコクから飛んでくるTG102便の到着を国際線ロビーで待ちました。私たちはもちろん会ったことがありません。前日、総領事館の領事さんから、お迎えの時に○○○さんの名前を書いた紙を用意してあげてと頼まれたので、私はその通りにしました。でも、お二人が間違えて国内線の出口から出てしまったので、出会うまでに少し時間がかかりました。日本からバンコク経由でチェンマイに来るときは、バンコクで入国手続きをしますが、預けた荷物はチェンマイの国際線到着口で受け取らなければならないのです。

男性の家に向かう車中、娘さんは不安を口にしました。お二人が来ることは男性には知らせていませんでした。私と妻はその方がいいと判断したのです。お二人も父親に連絡していませんでした。電話番号を誰もまだ教えていなかったはずです。

「もし、父が私たちの顔を見て、一体何しに来たんだと怒ったらどうしましょうか・・・」

確かに私にもその不安はありました。余計なお節介をするなと言われることも想定の一つではありました。私たちは男性の家族に以前何があったのかは知りません。言葉はきついかもしれませんが、どういう理由で日本の家族を捨ててタイに移住したのか、男性に聞いたこともありません。タイにやってきた娘さんと息子さんに聞くこともしませんでした。それは、それぞれの家族の事情だからです。

「あなたは、誰?」そう父親から言われて怯むような娘さんではありませんでした。彼女は、すかさず1枚の写真を取り出して父親に見せました。それは、日本の自宅のお庭の写真でした。男性は「俺の家だ!」とすぐさま反応しました。立派な日本庭園の写真でした。すべて男性本人が丹精込めて作り上げたお庭だったのです。私が見ても、すごい!と思いました。木があり、池があり、石畳があり、灯篭があり、丁寧に手入れされた盆栽がそこここに配置された本格的な広い庭園でした。

娘さんは次の一手も用意していました。それはお孫さんの写真です。効果てきめんでした。写真を一目見るなり、男性はすぐさまにお孫さんの名前を口にしました。表情が一気に和らぎました。娘さんの周到な準備が見事に効を奏したのです。今は大学生になっている孫娘の、ちょっと前の写真です。すかさず「この女の子のお父さんがこの人ですよ!」と、娘さんは横に黙って立っている弟を指しました。

男性がお二人を自分の子供だと認識するのに30分くらいかかったような気がします。10数年のギャップがあったのです。その途端、男性はベッドから起き上がりました。威儀を正したのです。自分の子供たちだとはっきりと認識して、父親としての我に返ったのです。ベッドに寝ている場合ではないのです。想定外のことが起こっているのです。子供たちがチェンマイまで来てくれたのです。そんなことは考えたこともなかったでしょう。そうだと分かると、嬉しさがこみあげてきたのでしょう。男性の顔には、私が見たことのないような笑みが浮かんでいました。そして、ほとんど一日の大半をベッドに伏せていた男性は、お二人と一緒に買い物にまで行きました。

娘さんたちは土曜日にチェンマイに来て、火曜日の朝早くに日本へと飛び立ちました。お二人とも働き盛りでそれぞれの仕事があり、チェンマイに長居できる状況ではなかったのです。その間、毎日ほとんどの時間を父親との会話に費やしました。「ドイステープは有名な観光地で、大概の人が行きますよ」と私が水を向けても、お二人はまったく興味がありませんでした。当然と言えば当然でしょうか。

結論だけ書いておきましょう。

お二人の要望で、日本の自宅を奥さんの名義に替えることに男性は同意しました。しかし、そんなことをする必要があるのかどうか、チェンマイ滞在中に娘さんたちは考えました。そして結論として、現状のままおいておくことになりました。もしものときは、一緒に暮らしているタイ人女性に任せることになりました。もちろん、その時は娘さんたちも万難を排して日本から駆けつけるでしょう。

そして男性は、子供たちにとても大切な約束をしました。次にお二人がタイに来るときは、自分が永眠する予定の場所に案内するというのです。それは、一緒に暮らしているパートナーの女性の故郷、実家のあるところです。チェンマイからは車で10時間くらい離れています。山の中ですが、そこが一番気に入っているというのです。

子供たちがチェンマイにやってきてから男性の態度は一変しました。彼は、治療を受けてもどうせ短い命なのだから、病院へはもう行かないと頑固に言い張っていました。ところがお二人に会ってから、男性は進んで病院へ行くようになりました。もちろんお金がかかるので大変ですが、子供たちとの約束を果たすために治療に専念しようと決意されたのではないでしょうか。そして、衰弱してほとんどお粥以外のご飯が食べられなかったのに、今はタイのラーメンを口にできるようになりました。

明日の朝、また男性は病院へ行きます。もちろん妻も一緒です。3月以来途絶えていたホルモン注射を再開することになっています。末期がんですから本人も覚悟をしています。でも、もう会うこともないと思っていた子供たちとの再会は、きっとこれまで生きてきた人生を考え直すだけの大きなインパクトがあったに違いありません。

私は、人様の生き方にとやかく言うつもりはありません。ただ、今回子供たちに再会できた男性の変貌ぶりをつぶさに見て思ったことがあります。親と子です。結局のところ、人生の最大のテーマはそれなのかもしれません。きっと子供たちにも大きなインパクトがあったはずです。親は、どんな理不尽なことをした親でも親です。生きているうちにできるだけ大切にしてあげてください。

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11 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
本との話ですか (stak)
2016-07-06 12:36:53
うさぎ様
人生ほんとに、色々な事がありますね。
お話を聞いて、女性は強いなと思いました。
私の子供は一姫二太郎で、長女は結婚して外にいますが、一番頼りになるのは娘ですね。
19日に訪泰の予定です。今回は、泰料理とお酒を楽しみに行きます。
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よかったね。 (スモール明)
2016-07-06 13:35:24
会えなかった時間をを取り戻す作業ですね。
読んでいて泣けてきました。
本当にいい文章でした。もちろん、内容もね。
ありがとうございました。
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生きる気概! (のり3)
2016-07-06 16:48:33
小生も思わず涙しました。
親子の絆は素晴らしいですね、ご本人もご家族も一応わだかまりが解けたでしょうが、タイ人妻は不安材料がなくなったと言えるのでしょうか。
色々な事情の方々が居られますが、うさぎさんは日本からの家族移住組ですから。
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stakさんへ (うさぎ)
2016-07-06 18:34:55
コメントありがとうございます。
男は理屈をこねたり、強がりを言ったり・・・
その点、女性は現実的に考えて行動する人が多いような気がします。
頼りになる娘さんがいてよかったですね。きっと奥様に似て、しっかり者なんでしょうね。
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スモール明さんへ (うさぎ)
2016-07-06 18:41:12
コメントありがとうございます。
どこまで踏み込んで書いていいのか迷いました。人様のことなので、最初は書くつもりがなかったのです。でも、妻が深くかかわっているので、記録しておくことにしました。
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のり3さんへ (うさぎ)
2016-07-06 18:49:30
コメントありがとうございます。
男性は、相方の女性に「自分がいなくなったら故郷へ帰って暮らしてほしい」と言っているそうです。自分の骨をそこに埋めるつもりですから、そうなるんでしょうね。

でも、タイの女性はそれほど感傷的ではないような気がします。きっと、したたかに強く生きていくと思います。と、タイ人のわが妻が言っています。
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タイの女性はしたたか... (somchai)
2016-07-07 15:07:41
>でも、タイの女性はそれほど感傷的ではないような気がします。きっと、したたかに強く生きていくと思います。

実感のこもった著者の感想。実に、言い得て妙です。

特に、ここ四半世紀でそれ以前に比して、「タイの女性は一層したたか、そして男は極めて怠惰に」なったと思います。
貧しい東北地方の農民でも、唯一の食い扶持である畑仕事の手を極端に抜き、彼等なりの酒池肉林、博打にうつつを抜かし借金まみれです。
そして、その男と簡単にくっつき子供をもうけ、直ぐに男に逃げられた(男に愛想を尽かして、放り出した)泥臭かった女性は、1年も経たぬ内にフェイスブックで色彩も鮮やかな揚羽蝶(蛾?)に変身。
その横にはシャツからはみ出たタートーが見えるファランのジジイの姿。

ダンナが焼かれて灰になった時点で、奥さんは自然と羽化の準備に入るでしょう。
しかし、巷に溢れている話を総括し、確率を出せば、この男性は、「オールド日本人にとっての良妻」をこの国で得た、数少ない幸運な男性であったと言えるのではないでしょうか。
この男性のこの国での滞在ステータスが気になりますが、現在の決意が全うされることを祈るばかりです。

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somchaiさんへ (うさぎ)
2016-07-07 17:17:35
コメントありがとうございます。
パートナーの女性は2人の暮らしにピリオドが打たれた3か月後くらいに「羽化」するかもしれませんね。あくまでも可能性ですけど。

でも、建ててあげた家を取られた、1000万バーツ以上の預金を全部抜かれた・・・噂話ではなく、そういう人を知っていますので(この手の話はあえて書きませんけど)、そういうこととは無縁で、浮気もしない一途な女性にめぐり会えた男性は、確かに幸運だったと思います。
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タイの女性はしたたかに (トムム)
2016-07-08 14:34:00
somchaiさんが問いかけている滞在ステータスが気になりますね。
私も10年ほど前 チェンマイにロングステイを始めたころ、タイ語の先生が「多くの中高年の方々がタイにロングステイされていますが、私は 皆さんが歳行って亡くなった時、積立金(80万バーツ)をどうされるのかすごく心配です」と話していたのを思い出しました。
タイの田舎では80万バーツは大金です。
この女性には、目的でなく結果として、銀行関係の後処理をお願いしたいですね。
したたかに生きてほしいと思います。
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トムムさんへ (うさぎ)
2016-07-08 16:50:24
コメントありがとうございます。
銀行にある男性の預金は、おそらく今後の治療費に消えてしまうような気がします。1回の通院で2~3万バーツかかってますから。

年1回のビザの更新は、ほとんど年金額の証明で済ませておられたようです。70を過ぎているような人は、年金も私の世代よりかなり多いみたいですね。
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