✳️【外国資本】
ロスチャイルドは英国の財閥ですから、アメリカにとっては外国資本です。外国の銀行が、株式を大量に取得して、FRBを支配することは制度上できません。
【ポール・ヴァールブルク】
ポール・ヴァールブルクは、1868年8月10日、ハンブルクに生まれました。ロンドンとパリでビジネスマンとしての基礎的な訓練を積んだあと、1891年、祖父が創業したM・M・ヴァールブルク商会に入社し、1895年には共同経営者となりました。
ニーナとの結婚当初、ポールはハンブルクを拠点としていましたが、義父のソロモン・ローブが老齢で健康が悪化し、ニーナがアメリカへの帰国を望んだため、1902年、ニューヨークに移り、クーン・ローブ商会に入社します。アメリカに渡ったので、姓を「ウォーバーグ」と英語読みするようになりました。
渡米したポールは、なによりもまず、第2合衆国銀行の特許失効以来、60年以上にもわたり、中央銀行が存在しなかったアメリカの異常さに驚愕します。これでは金融制度が機能しませんし、デフレも解消されるわけがありません。早速、『アメリカは中央銀行を必要としている』と題する報告書をまとめ、妻同士が姉妹という姻戚関係にあったジェイコブ・シフに提出しました。(中略)
1907年10月、モンタナ州の銅山王F・アウグスタス・ハインツらがユナイテッド銅社の株買い占めを謀って失敗したことから、金融恐慌が発生しました。これを機に、アメリカの産業界・金融界は中央銀行の必要性を認識するようになったのでした。 内藤陽介〈みんな大好き陰謀論〉より
✔️【真相〈ポール・ウォーバーグはロスチャイルドのエージェントである〉】
内藤陽介はまったく触れていませんが、実はポール・ウォーバーグはフランクフルト・アム・マインのロスチャイルド銀行に勤めていたという過去があり、クーン・ローブ商会はロスチャイルドのニューヨーク支店ともいうべき会社なのです。
さらにジョージ・アームストロング〈ロスチャイルド・マネー・トラスト〉には、「ポール・ウォーバーグはロスチャイルドの諜報部員としてアメリカに送り込まれた」とすら書かれています。
こんな人間がFRBの議長になれるというのによくもぬけぬけと「ロスチャイルドは英国の財閥ですから、アメリカにとっては外国資本です。外国の銀行が、株式を大量に取得して、FRBを支配することは制度上できません」などと言えたものです。
【ジェイコブ・シフの恐慌予言】
次に1907年の金融恐慌なのですが、1906年、ニューヨーク商工会議所でのジェイコブ・シフのスピーチにこのようなものがあるんです。
「もし我が国の通貨制度が改められなければ、遅かれ早かれ、これまでの恐慌があたかも児戯に見えるようなとてつもない恐慌に見舞われるだろう」
金融恐慌が起きたのは、その翌年のことです……。
【金融恐慌はモルガンの陰謀だと断言するフレデリック・アレン】
また、1949年、歴史家フレデリック・アレンは雑誌〈ライフ〉に、次のような言葉を発表しています。
「モルガンは1907年秋の株式市場の不安定な状況をうまく利用して、それが進行するにつれて悪化するように導いて、金融パニックを促進させた」
【世界恐慌がFRBの陰謀だと指摘し続けたミルトン・フリードマン】
ダメ押しにもう1つ。
ノーベル経済学賞受賞者、ミルトン・フリードマンは「世界恐慌はFRBの陰謀だ!」と指摘し続けていました。
そしてミルトン・フリードマン90歳の誕生パーティーの席で、当時のFRB議長であるベン・バーナンキが、世界恐慌がFRBの陰謀であることを認め、ミルトン・フリードマンに謝罪しているんです。
こうした例からも1907年の金融恐慌が、モルガンの、すなわちロスチャイルドの、すなわちユダヤの陰謀であることは間違いないと言えるでしょう。
【まとめ】
●ポール・ウォーバーグはロスチャイルドのエージェントである。
●金融恐慌や世界恐慌がユダヤの陰謀と指摘する有識者は多くいる。
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