令和初タイトルとなるルヴァン杯決勝は激闘、死闘の末、川崎に軍配。
死闘と呼ぶに相応しい頂上決戦だった。どちらが勝っても初優勝となるYBCルヴァンカップ・ファイナルは、延長戦でも決着がつかず、PK戦の末、川崎がルヴァンカップ初戴冠で幕を閉じた。
本来はFC東京のサポーターの一人としてこの決勝戦を観戦したかったが、FC東京は準々決勝にてアウェイゴールの差でG大阪に惜敗。そのG大阪を準決勝で破った札幌と、名古屋、鹿島を下して駒を進めてきたリーグ2連覇中の川崎という組み合わせに、当初はそれほど興味を抱いていなかったが、三大タイトルのうち“令和”初タイトルとなる瞬間の光景を見ておこうかと(そして来季こそはFC東京がこの景色をと)いう思いもあって、埼玉スタジアムまで足を運んだ。
札幌と川崎のどちらに肩入れすることもなく、意識としてはフラットな目線で見られるという意味で純粋に試合を楽しめると思ったが、試合のあちこちでFC東京を通しての記憶から試合中もさまざまなことを思い出した。たとえば、試合開始前の両チームの選手紹介。川崎の映像には「5度目の決勝」「過去4戦全敗」「いまだ無得点」という自虐的な煽りから「だが 5度目の挑戦は 今までとは違う」とリーグ2連覇を果たした“戴冠者”として臨む初の決勝を強調するくだりは、「2016年オリンピック開催地」「リオデジャネイロに決定」の自虐から「BUT」「泣くな東京」「笑えよ東京」「俺たちがいるじゃないか」という2009年の当時のナビスコカップ決勝(FC東京対川崎)での選手紹介を思い出したし(「川崎からお越しのみなさん 俺たちの国立へようこそ」と煽って川崎ゴール裏からブーイングを受けたのも懐かしい)、川崎が退場者を出して逆転されるという展開は、一時1-4の劣勢から今野の決勝弾で5-4で大逆転した(“バカ試合”ともいう)2006年のFC東京対川崎が一瞬脳裏に浮かんだ。また、リードされながら札幌が逆転するという筋書きは、昨年にFC東京が2点先制しながらも都倉、白井、チャナティップにゴールを決められて2-3で敗れた札幌ドーム観戦試合を思い出した。巧みなボールタッチでボールを細かく繋ぎ、ゴールへ幾度も迫る川崎と粘り強い守備からカウンターで脅威を与える札幌というカラーが異なる展開は、ディエゴ・オリヴェイラと永井謙佑の2トップで川崎へと挑んだFC東京という図式に重なる場面も。当日の埼玉スタジアムで試合を観ながらこんなふうに頭を過ぎった人は殆どいないと思うが、そんな過去のことが瞬間的に脳裏を騒がしくさせるほど、勝負の神は右往左往。眼前の試合の行方は予想が出来なかった。
両者の応援も気合が漲っていて、押し込まれる時間が長くなる札幌に札幌ゴール裏から声で後押しした「エンターテイナー」(古くはヴェルディ川崎、また日本代表でも有名な「オーオオーオオーオオー」のフレーズのチャント)は凄みすら感じさせる迫力と音圧があったし、PK戦での川崎のGK・新井を鼓舞するチャント「魅せつけろ 章太 守りきれ 章太、新井、新井、新井SHOWTIME」(原曲は矢沢永吉「止まらないHa~Ha」)は、確実に新井の防御力を増幅させると同時に相手への大きなプレッシャーとなっていた(個人的には「止まらないHa~Ha」を元ネタとするチャントといえば、2008年頃の松本山雅(北信越リーグ時代)のGK・原裕晃の「魅せてくれ(HA~RA!!)俺達の(HA~RA!!)守護神、守護神、守護神 to WIN!」を思い出す)。
10分にDFを交わした白井がペナルティエリア右から上げたクロスのファーへの流れ球を菅がダイレクトボレーで決めて札幌が均衡を破ると、前半終了間際に脇坂のCKからファーでフリーの阿部が胸トラップからGKク・ソンユンの股下を抜くシュートを決めて川崎が同点に。後半は一進一退の展開から川崎がやや優勢に進めて、88分に大島の浮き球パスに反応した小林悠が(胸トラップがハンドにも見えなくもなく微妙なところだったが)GKとの1対1を冷静に決めて逆転をするも、諦めない札幌は、アディショナルタイム4分を費やして、おそらくラストプレーとなったCKで、GKのク・ソンユンもゴール前へ上がるなか、深井が値千金の劇的同点ヘディング弾を叩き込んで土壇場で試合を振り出しに戻す。
延長戦に入ると、札幌はチャナティップが中央突破を敢行してペナルティエリアへ侵入しかけた時に、谷口がファール。これからFKという場面で、VARが入り、主審が画面を確認。チャナティップを倒した谷口に一発レッドカードが提示され、川崎は10名での戦いを余儀なくされる。そして、FKが再開されると、福森が左足一閃、ネット左隅に直接シュートを決めて、札幌が逆転に成功する。周囲にいた札幌サポーターは大いに沸き、勝利を信じる声が大きくなっていたが、ここで終わるリーグ王者ではなかった。延長後半開始直後の109分に、中村のCKがファーに流れたところを詰めていた山村がシュート、これにゴール前で反応した小林が膝あたりで押し込み、川崎が再び同点に追いつく。その後はオープンな展開でさらに攻防が激しくなるも、同時に疲労も蓄積されてボールコントロールがままならない場面も。川崎は前半にレアンドロ・ダミアン、脇坂と二度もシュートをポストに当てるなど攻め込みながらゴールを決められず、後半40分過ぎには札幌がアンデルソン・ロペスからのパスを受けた鈴木がGKと1対1を作りながら、ドリブルのファーストタッチが大きく、飛び出してきた新井にセーヴされてしまうなど、ともにビッグチャンスを逃してしまった結果、120分でケリをつけられずにPK戦へ突入してしまう。
死力を尽くして闘った両者が、頂点を奪うべく精魂を傾けながら挑んだPK戦。川崎側で行なわれることになったが、これがもしかしたら雌雄を決する一つの大きな要因になったのかもしれない。川崎の4人目・車屋がバーに当てて外してしまい、札幌が決めれば優勝という5人目、札幌・石川の左隅へ狙ったシュートを川崎のGK・新井がスーパーセーヴ。6人目に入り、川崎は長谷川が決めたのに対し、札幌は進藤がフェイントを入れながら枠へ飛ばそうとセーフティなシュートを左下へ放ったが、やや雰囲気に呑まれたかのようにコースが甘く、新井がキャッチ。この瞬間、激闘に終止符が打たれ、新井はキャッチしたボールを抱えながらベンチやゴール裏とは異なるバックスタンド側のハーフウェーラインへ一直線。走り寄るチームメイトを振り切りながら、現在開催されているラグビーW杯よろしく、ハーフウェーラインを越えたところで歓喜のトライを決めてみせた。
川崎はさすがリーグを2連覇した王者らしい勝利への飽くなき執念を見せていた。技術や戦術、個人の能力の高さはもちろんだが、精神的な面での強さが最後に発揮された感じがした。札幌も序盤は相手のシュートミスなどの運も味方にしたことは確かだが、地元から駆け付けたファン・サポーターからの大声援を背にボールへの執着心を常に露わにしていた。後半のアディショナルタイムも終わる寸前の同点劇で息を吹き返し、一時は逆転に成功、PK戦もあと1本を決めていればという、勝利をほぼ手中に収めていたといってもいいところまでにあった。PK戦でのキッカーは運次第の要素が大きく、責めることは出来ない。
川崎に王者に辿り着いた貫禄と地力の強さを、札幌に全道民への夢となる初戴冠を貪欲に狙う勇敢さを見た。札幌はまさに“グッドルーザー”。当初はそれほど興味を持たなかった一戦がこれほどのドラマティックな光景の連続となるとは。他から見れば単なるサッカー観戦の一つではあるのだが、心地よい疲労感を携えながら、茜色に染まる空も見える夕暮れ時の埼玉スタジアムを後にしたのだった。
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【Jリーグ YBCルヴァンカップ 決勝】
2019年10月26日(土)13:10試合開始 埼玉スタジアム2002
入場者数 48,119人
天候 晴 / 気温 25.4℃ / 湿度 70%
主審 荒木友輔 / 副審 山内宏志、平間亮 / 4審 岡部拓人
札 幌 3(1-1 / 1-1 / 1-0 / 0-1 / PK 4-5)3 川 崎
≪得点≫
(札): 菅大輝(10分)、深井一希(90+5分)、福森晃斗(99分)
(東): 阿部浩之(45+3分)、小林悠(88分)、小林悠(109分)
≪PK戦≫
川崎:小林〇、山村〇、中村〇、車屋✕、家長〇 / 長谷川〇
札幌:A・ロペス〇、鈴木〇、深井〇、L・フェルナンデス〇、石川✕ / 進藤✕
≪退場≫
(川):谷口(96分)
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【札 幌】
≪スターティングメンバー≫
GK 25 ク・ソンユン
DF 03 進藤亮佑
DF 20 キム・ミンテ
DF 05 福森晃斗 → 石川直樹(106分*)
MF 19 白井康介 → ルーカス・フェルナンデス(73分)
MF 27 荒野拓馬
MF 08 深井一希
MF 04 菅 大輝 [U-21] → 中野嘉大(117分)
MF 09 鈴木武蔵
MF 18 チャナティップ
FW 48 ジェイ → アンデルソン・ロペス(58分)
≪サブスティテューション≫
GK 01 菅野孝憲
DF 02 石川直樹
MF 23 中野嘉大
MF 26 早坂良太
MF 07 ルーカス・フェルナンデス
FW 11 アンデルソン・ロペス
FW 13 岩崎悠人[U-21]
≪監督≫
ペトロヴィッチ
【川 崎】
≪スターティングメンバー≫
GK 21 新井章太
DF 02 登里享平
DF 34 山村和也
DF 05 谷口彰悟
DF 07 車屋紳太郎
MF 25 田中 碧[U-21]
MF 10 大島僚太 → マギーニョ(100分)
MF 28 脇坂泰斗 → 中村憲剛(64分)
MF 41 家長昭博
MF 08 阿部浩之 → 長谷川竜也(91分*)
FW 09 レアンドロ・ダミアン → 小林 悠(73分)
≪サブスティテューション≫
GK 01 チョン・ソンリョン
DF 26 マギーニョ
DF 03 奈良竜樹
MF 14 中村憲剛
MF 16 長谷川竜也
MF 22 下田北斗
FW 11 小林 悠
≪監督≫
鬼木 達
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