2012年07月06日(金)
筑前町立大刀洗平和記念館前に、「菊池武光公太刀洗の碑」があります。
この碑には、「是ヨリ 西 三町 三輪村 太刀洗二在り」と記してある。
この碑には、どんな意味があるのか、考えながら、500号線を鳥栖方面に車を走らせた。
約2キロ走った所に、こんな標識が・・・。
「史跡 菊池武光公 太刀洗伝承之地」と書いている。これか!!
ドラックストアの車を止め、徒歩で、現場を見に行く。
菊池武光公之太刀洗之碑の石碑
この場所で、南北朝時代に菊池武光公が、「大原の合戦」の時に、太刀(たち)を洗った川であったから、
そこから、「大刀洗」という地名が生またということです。
現在では、「大刀洗」と「太刀洗」の2種類の表記が混在している状況です。
これは、1889年(明治22年)に町村制が発足した際、村が「太刀洗村」と申請していたが、
『大刀洗村』として、官報(法令・告示・予算・人事など、政府が一般国民に知らせる必要のある
事項を編集して刊行する文書)に掲載された為である。役所の人のミス?
石碑の裏側
すべて漢文・・・全く、読めません・・・。
この川で太刀を洗ったんだね。この川の周りに戦場で戦い疲れた武士や馬達が、ここで、休憩したと
思うと、その当時の状況がイメージとして甦る。
次回、大刀洗公園と続く・・・。